まるで夏の花火のように
──視界の端に現れた彼女の姿に僅かに視線を動かす。

あの夏のサバイバル合宿とは違い、大会には監督が自ら着いてきていた。
隣のコートが氷帝学園とは……やれやれ困りましたね、と眼鏡を押し上げる。
我が沖縄の強さを見せつけるために、非情なことに徹しなければならない。それが監督の教えであり、理不尽な練習に耐えてきた私たちの覚悟だ。


「……お。ふらーさぁ」

不意に夢野詩織クンに気付いた平古場クンがそう声を上げる。
監督がベンチの方に歩いっていった後だったが、大袈裟に「え、わっ!」と慌て始めた甲斐クンと「あひゃー……情報聞いたあとだからなぁ」と呟いた新垣クンを静かに睨んだ。

「貴方たち、集中しなさいよ」

「わ、わかってるさー!永四郎」
「は、はい、キャプテンっ」

私の声にビシッと背筋を伸ばした二人にふんっと鼻を鳴らす。

それから沖縄から来ている他の部員たちを見回してから、こちらをじっと見ている早乙女監督を見た。
鋭い眼光が相手の監督を捕らえる。
六角の年配の監督は、確かオジイと呼ばれていたなとサバイバル合宿を思い返した。

それから六角の方を見れば、彼らの応援席側にいつの間にか夢野クンがいて、彼らにあの気の抜けるような柔らかい笑みを浮かべている。

何故かその時、胸の奥が僅かに軋む音が聞こえた。

シューベルトの魔王が頭の中で流れ始めた気さえする。

「永四郎?」

「……っ、知念クン……」

「……肩の力を抜くさー。キャプテンは背負い過ぎだばぁ」

「そうそう、まーさるむんでんかんげーてぃ気楽にやろー」

知念クンの声にハッとしたら、知念クンと田仁志クンの二人から背中をバシンっと叩かれた。

「おいおい、ふらーがこっち来る──」
「さっきから聞こえてますからねっ!平古場さんめっ!人を馬鹿馬鹿と!」
「──ははっ、それはすまん」

顔を上げたら六角の応援席からいつの間にか移動してきた夢野クンがそこにいて。
段差と壁を一枚隔てただけの、すぐ側に立っていた。

「…………なんですか?敵情視察といったところでしょうか?」

こほんっと咳払いをしてからそう言えば、夢野クンはキョトンとしている。

「木手さん、相変わらずですねぇ。応援に決まってるじゃないですか!頑張ってくださいねっ!勝っても負けても、私、皆さんの伝説を曲にするつもりですから!」

「で、伝説?!なんなんさー」

「あはは、甲斐さん、カッコイイとこちゃーんと見てますからねっ」

「なっ……そ、そんなこと」

真っ赤になって狼狽えた甲斐クンは、まともに彼女の顔が見れないようだ。
いつの間にやら……と小さく溜息を吐く。

「……我々は……勝ちますよ」

卑怯な手を使ったとしても。

その時、貴女がそうやって笑顔を向けてくれることはないとは思いますが。

「六角の皆さんも勝つって言ってましたよ!ふふ、青春ですね!」


──そういう問題ではない。

そうじゃない、のだ。

なのに、夢野クンの笑顔はただただ眩しくて、まるで夏の花火のように、大輪の花を咲かせていた。

今度は頭の中にシューベルトのアヴェ・マリアが流れたような気さえする。

こんなにも胸の奥が軋んだ音を立てるのは、きっと……その笑顔の花が萎み、私たちを見る目が変わってしまうことが想像に容易いからだ。

早乙女監督の目がギロリと光る。
甘い口調で私たちに囁く彼女が鬱陶しいのだろう。

「……早く、氷帝席に戻りなさい」

「あ、本当だ!……でもっ、本当にちゃんと見てますからっ」

見なくていい。
そう告げたい台詞を飲み込んで、私たちは息を吐き出した。
それから違う空気を吸い込み、深く深呼吸をする。

「……狙いは、分かってますね」

我々は……勝つためにここに来たのだ。

「「はいでぇー!比嘉中っっ!!」」

頭の中で流れていた音楽は、もう止んでいた。

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