自惚れがまた広がった
「あぁ、またメッセージ送るぜよ」

そう言った俺は、落ち着かない心を誤魔化すように自身の髪の毛を弄って。
あまりにも夢野さんの笑顔が眩し過ぎて思わず目を細めた。
丸井が俺の台詞の後に続けてメッセージを送ると言い出したことに、心の中で何かのアクシデントでスマホが壊れたらいいのにと願う。

それから律儀に幸村たちにも手を振る夢野さんに、そんなことせんでもいいぜよと大声で吐き出したかった。

心の中で渦巻く感情の波を抑えることができなくて、フツフツと浮かんでは吐き出せないまま鳩尾に消えていく台詞にはぁっとため息を吐き出した。





──その後、家に帰ってシャワーを浴びる。
ヌルめに設定したシャワーが頭のてっぺんから流れて、幾分か冷静になった。
ラフな部屋着に着替えてから、ねーちゃんが買ったらしい期間限定のジュースのペットボトルがあるのを眺めながら、冷蔵庫の中で冷えていたミネラルウォーターを飲み干す。

チラリとテーブルに置きっぱなしにしたスマホを眺めたが、何の通知も着とらんかった。
ずぅんっと目の奥が痛い。


「あ。兄ちゃん、帰ってたんだ」

「あぁ、今日はご苦労さんナリ」

後ろからかかった声にふっと笑って振り返る。先刻公園で別れた弟がいた。

「……つかさー、ゲーセンで遊んでた弟呼び出して……ホント、何考えてんの?あの人──夢野詩織さんだっけ。兄ちゃんのずーっと好きな人。あんなんで兄ちゃんに有利に働くの?つか、俺、あの人に訴えられない??」

「大丈夫ぜよ。……はいはい、千円やるからねーちゃんや母さんには黙っとるんじゃ」

「おー、ありがとー!……てか、写真で見るより可愛かったね。夢野詩織さん!あ、そか。兄ちゃんの部屋にあるのは俺より下ぐらいの時なんだっけ……。うん、それに胸もそこそこ大きかったし」

「マセガキ」

ペシっと弟の後頭部を叩いてから、賄賂のために引き抜いた千円分軽くなった財布をズボンの後ろポケットに入れる。

冷凍庫からアイスの袋を掴んで自室に戻って行った弟の背中を横目で見ながら、またスマホに視線を向けた。
音を鳴らさないスマホに一度息をついてから、そっと瞼を閉じる。

今日、夢野さんが弾いていた音楽が脳内を占めていた。繰り返し繰り返し、流れる音楽と記憶したばかりのヴァイオリンを弾く彼女の姿を思い浮かべる。
それだけでイライラが少し落ち着いていった。


夢野さんからの通知を待ちながら、家族で夕食を食べ、自分の部屋で扉に貼り付けたダーツボードに向かってベッドから手投げの矢(ダート)を投げたりして時間を持て余す。
俺のは鏃が金属で作られているスティール・ティップ・ダーツで、刺さった時の快感が好きじゃった。
そんな時だ。

部屋の中にバリー・マニロウの歌うムーンライトセレナーデが流れて、俺のスマホがブブブと振動した。
メッセージではなくて、電話か。と少しだけ驚きつつ、着信相手の名前に嬉しさで口元が緩んだ。

「……もしもし?」

『に、仁王さん……あの』

上擦った声音に表情が思い浮かんで、その想像上でしかない夢野さんのあまりの可愛さが膝に来て、座ってたのを崩してベッドに寝転がった。

「夢野さんじゃろ。いきなり驚くナリ。どうかしたのか?」

本当は彼女が電話をかけてきた理由も分かっている。
これは俺が今日仕掛けた罠……

『や、あの……仁王さん、どうして言ってくれなかったんですか?昔、雨の日に、公園で私が泣いている時に、慰めてくれた男の子……仁王さんですよね?!』

一息で吐き出すように言った夢野さんは緊張しとるのか、声がまた震えていて。

「そうじゃが……まぁ別に言わんでも」

平気で嘘をつく俺の声は全く震えない。

『昔のことだからですか?』

「違う!……あ、いや……それは違うナリ。そもそも、俺は初めっから……五月の合宿の時には告げようとしてたぜよ」

だが昔のことだからどうでもいいんですか?というニュアンスに聞こえた言葉に否定したら、思わず語気が強くなってしまった。慌てて繕う。

『……え?』

キョトンとした夢野さんはやっぱり気付いていなかったのだろう。

「その男の子はこう言っておまんさんに近付いたじゃろ。……辛いんなら辞めんしゃい。……それ言おうとしたら、躓いてお前さんの胸を鷲掴みじゃ……そしたら、夢野さん、俺の事を避けよるし……」

ため息混じりにそう言ったら「あ」とか「う」とか一音ずつ無意識に口から漏らしてる夢野さんが可愛かった。

「でもほら……まぁ、サバイバル合宿でおまんさんのファンとは言えたことじゃし……俺はそれで十分ぜよ」

本当は全然十分じゃなかったが。

『仁王さん……本当にありがとうございます。……私、仁王さんがずっと私のヴァイオリンを好きだって言ってくれて、嬉しかった。……ジャズの曲ももっと練習して……』

そこまで続けた夢野さんの言葉がふっと沈黙する。その時初めて、彼女の後ろでエリーゼのためにという曲のオルゴール音が流れていることに気づいた。

『……M・N……仁王、雅治……』
「っ?」
『仁王さん……あの。……君の音楽が好きです。特に、グレン・ミラーさんのムーンライト・セレナーデが大好きです。僕の好きな音楽を君が奏でると、より一層好きになります。神奈川に引っ越してきて、まだ友達のいなかった僕に勇気をくれました。
ありがとう。……この手紙、知りませんか』

完全に記憶でもしているのかというほど、スラスラとまた一息でそう吐き出した夢野さんに瞠目する。
耳から熱が伝わってきて、顔中が熱くなった。
なぜなら、それは紛れもなく俺が書いた夢野さんへのファンレターの文章だからだ。

「……本人の前で一度読ませたくせに、また今度は本人に電話越しで朗読とは……夢野さんはドSじゃな」

本当に……恥じゃ。

「……もう寝るぜよ。おやすみ」

公園で話しかけた過去の俺を思い出して欲しくて。
色々と彼女に手を出してくる他の奴らに対抗しうる武器を取りたくて。
弟を使ってまで甦らせた記憶。

なのに、夢野さんはあの手紙のことまで口にし始めた。

「……いや、まさかまだ……持っててくれたとは」

ごろんと仰向けになって狭い部屋の天井を見上げる。乾いた笑いが零れて、同時に目頭が熱くなった。

羞恥心に耐えきれず強引に電話を切って逃げるなんて、まるで数年前公園から逃げ出した時と全く一緒である。
なんも成長しとらんのか、俺は。

夢野さんがヴァイオリンを続けてくれれば続けてくれるほど広がっていた俺の自惚れが、さらに加速した気がした。

「……あぁ、これで」

これで、夢野さんが手に入るかもしれない。

胸の奥にじわりと落ちた感情が波紋を広げる。



後から赤也に聞いた話で、幸村が夢野さんの唇を奪ったことを聞いた。
その時現れた嫉妬心はどうしようもないほど、で。

だけど今ならそれに鎖を掛けれそうだ。



「誰にも……渡さんぜよ」



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