ありがとうの化学
──どうしてこんな事になったんだっけ……?

目の前に差し出されたハンバーグの乗ったオムライスを見つめてから、視線を上にあげる。
パンダエプロンを着用した夢野さんが、隣の乾にも同じハンバーグオムライスを出していた。
少し穴の空いたオムライスの卵。
それがやっぱり彼女の手作りなんだなぁと妙にソワソワした気分になる。
勿論、すぐ側で作っているのを見たし、金魚の水槽にフィルターをつけたり、水草を設置したりした時にふわっとした美味しそうな匂いが鼻腔を擽っていた。

「手伝ってくださってありがとうございました!お礼なので食べてくださいね!……と言っても、お代わり分とかはないんですけど……」

「いやいや!なんか流れで着いてくることになったのに、こんな……うん、ありがとう!」

「いえ、東方さんは私の救世主なんで!」

「……失礼な事を言われている確率百パーセント」

隣の乾がムッとしたように唇を尖らせている。

そう。
そうだ。なんかホームセンターでばったりとした二人に出会ったあと、話の流れはよくわからなかったけど、乾が水槽フィルターを取り付けるのを手伝うと言って夢野さんちに行こうとしていたのだ。
夢野さんは逃げようとしていたんだけど、乾がかなりのしつこさで迫っていて、そして視線を隣にいた俺に向けた彼女は「東方さんも一緒ならおっけーですよっ?!」と大声で叫んだのである。

それで俺も一緒に夢野さんの家にまで上がってしまった訳だが。

「……見栄えはそこそこだが、味は悪くないよ」
「乾さん殴っていいですか」
「そうだぞ、乾!すごく美味しいじゃないか!特にハンバーグは俺の好物だし、うん、本当に美味しいよ」
「東方さん、優しくて本当にありがとうございますっえへへ」

乾を睨んでから俺に笑顔を向けてくれた夢野さんに「いや本当のことだから」と畏まってしまう。
うっかりと可愛いとか思ってしまったことを猛反省したい。
頭の隅に浮かんだ室町の顔を思い出して、そう言えば最近南も室町に罪悪感を覚えるような出来事があったとかぼそりと口にしてたなぁとオムライスを口に運んだ。
じわりと広がる旨味に「やっぱり美味しいよ」とまた口に出したら「何回も言われると照れます……」と夢野さんが赤くなって俯いてしまって。
またそんな彼女を可愛いなと思ってしまい、ハッとして首をブンブンっと横に振った。

「……まったく、東方の存在は予想外だよ」
「お前……そんなあからさまに嫌な顔して言うなよ……俺だって地味に傷つくんだぞ」

お皿の上の残りを胃に収めながら、はぁっと乾に向かってため息を吐き出す。

「お茶のおかわりいりますか?」
「あ、あぁ。ありがとう」
「もらうよ」

俺が頷いたあと、すぐに乾も頷いて。
夢野さんは笑顔でお茶を注いでくれた。
空になったコップの中に徐々に注がれていくお茶が、何か心の中の感情が溢れていく様に似ていて……少しだけ咳払いをする。






それから食べてからすぐに食器の洗い物を手伝って、ノートに何かずっと書いていた乾と一緒に夢野さんのマンションから出た。
一階に降りて、下からマンションを見上げたら廊下に立っていたのか夢野さんらしき人影が手を振ってくれていて。
見えるかどうかなんてわかんなかったけど、精一杯両手を振ったのだ。


「……東方、ところで彼女はどこまで人を惹きつけると思う?君の意見を聞きたい」

「お、俺に聞くのか……?いやでも……わからないんだが、それでも……惹かれるかどうかなら、あの合宿に参加したやつ、みんな同じ答えになると思うけどな……」

「ふむ。その回答は面白いな。記録しておくよ」

「えええ、止めてくれよ。なんか恥ずかしくなってきた……」

「大丈夫。機密事項にしておくから」

ニヤリと笑った乾だったが、そっとまたマンションの上を見上げたその行動に「……やっぱり俺の言うこと間違ってないと思う。乾も惹かれてるからここに来たんだろうし」と呟いてしまった。

難しそうな顔で俺を見つめた乾が何を考えているかはわからない。
ただ「……一理あるな」と呟いた乾は眼鏡の奥で目を細めたように見えた。

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