算出不可能な彼女
「これはアレなんです、流夏ちゃんとの思い出作り……」
「ふむ。今度青学の女子制服を着るのはどうだろう?似合うと思うよ」
「……何のためにでしょうか」
「乾貞治との思い出作り、かな」

ふっと口角を上げたら、いつの間にか夢野は数メートル先の金魚コーナーで金魚を眺めていた。
瞬間的にあそこまで移動するとは、なかなかやる。そんなことをメモしながら、ごほんごほんっと咳をしながら再び夢野の横に立った。

「もー、なんですか?私に用事があるんですか?」
「いやここで会えたものだから……」

ぷくうっとハムスターのように頬を膨らませながら金魚を眺めている夢野に慌てて言葉を吐き出す。
確かに彼女の後を追う理由としては弱いかもしれない。

「……乾さんはここへ何しに?」
「いや俺は新しいミキサーが欲しくてね。新作の乾汁のために」
「後で薫ちゃんと桃ちゃんに注意喚起出しときますね」

俺を見上げていた夢野の顔がふっと綻んだ。

「……それで夢野の方はどうなんだい?」
「私は昨夜の金魚ちゃんたちに金魚フィルターを買いに来たんです。大石さんからオススメされたやつ探しているんですが……ちょっと書いてることが意味わからなくて……」

このアルファベットと数字とかどこ見たらいいんですか?と俺に大石のメールを見せてくれる。
先程よりかは心を開いてくれた様子に少しだけホッとしながら、ふむっと頷いた。

「これは……アレじゃないかな」

水槽フィルターが並ぶコーナーに移動して、大石がお勧めと書いてある商品を掴む。上の方の棚にあったから、たぶん彼女が見つけていたとしても取れなかっただろう。

「……乾さん、あの、ありがとうございますっ」

それは本人も気付いたらしく、今度はふわっとした笑顔で微笑んでくれた。
このような笑顔を個人的に今まで向けられたことがあっただろうか。いやないな。と悲しい現実に辛くなる。
いつも俺が話しかけると、警戒心剥き出しだったからな……。

「……ふむ、今なら氷帝の忍足の気持ちが理解できそうだ」
「?乾さんが突然忍足先輩の話を持ち出した理由がよくわかりません。あ、この水草可愛い!!」

夢野が目を輝かせた水草に視線を向け、口を開いた。

「それはミニマッシュルームだな。アクアリウム初心者や、水草を育てるのが初めてな人にはやや難易度が高めだと言われているし。コケも付きやすいから、夢野にはあまりおすすめ出来ないな」

ミニマッシュルームとは、キノコ繋がりで氷帝の日吉が浮かんだからとかいう理由だとしたら、新しくデータを更新しなくてはと思ったが、葉っぱの形が可愛くて目に付いたからだと予想した。
俺の台詞に夢野はぽかんとした顔で俺を見上げている。
酸欠の金魚みたいにその口がパクパクしていた。

「……どうした?」
「い、いえ!乾さんも詳しいですか?アクアリウム」
「いや、俺のこれはただの雑学の一種だよ。知識は蓄えておくものだからね。ふむ、そうだな。……金魚ならば、こっちの……アナカリスやカボンバ、マツモがオススメかな。古くから金魚やメダカ飼育に使われている水草だし、初心者にも扱いやすいと思うよ」
「はへー……そうなんですね」

目をぱちぱちと何回も瞬きしながら、真剣な顔で俺の話を聞いていた夢野はよしっと頷く。

「乾さんのオススメの三つに決めました!ありがとうございます」
「決まったのなら、よかったよ」

警戒心の解かれた無邪気な笑顔に思わず俺の頬も緩む。知らずに微笑み返していた俺自身に驚いた。

それから金魚用フィルターの箱を腕の中に大事そうに抱えながら、店員の一人に話しかけにいく。
その姿をぼんやりと眺めながら、ノートを開いた。



「……あれ、いつの間に」
「えへへ」

水草とフィルターを買った夢野の手の中には、もう一つ膨らんだ透明な袋があり、白い梱包材に囲まれていた。

「さっき、パンダ柄の出目金ちゃん見つけちゃって……」
「それは高かったんじゃないか?」
「フィルターも思ったよりしたし、いいかなって!!」

鼻息荒く答えた夢野を見て、そういえばこの子はたまに欲望に忠実だなと考えた。
あと、フィルターが思ったより高かったなら、余計に他のものを買っちゃダメじゃないのか。その辺の答えの出し方が俺には理解できない。

「……それで乾さんのミキサーはあっちのエリアですよね」

そしてそう笑った夢野にほんの少しだけキュンとした。あぁ、そうだ。これはキュンとするという気持ちなんだろう。
やはり、氷帝の忍足の気持ちが理解出来る日だなとノートにペンを走らせる。
鬼気迫る俺の表情に驚いたのか、夢野は暫く黙って俺を見上げていた。

「こほん……すまない。新しい感情を理解出来てね……」
「乾さんって相変わらず変ですよね」
「お、俺は夢野ほど変ではないだろう」
「えー心外です」

ねーと袋の中にいる金魚に話しかける夢野にまた口角が上がる。
変だとか変わっているねと言われるのが、俺の言われて嬉しい台詞ランキング一位だと気づいたわけではないだろう。なのにそれを平然と口にするとは……流石に、何人もの男たちを魅了しているだけはあるな。本当に恐ろしいな、君は。五月の合同合宿で初めて話した時にも言われたが、流石に二回も言われるとは思わなかったよ。

「俺のミキサーは先程新商品を眺めてきたから、今日は買わないんだ。……ところで、その金魚用フィルター、取り付けとかは大丈夫なのかな?」

「取り付け……え、適当に置いて、コンセント差し込んで、適当にスイッチを押すだけではなく……?!」

カッと目を見開いた夢野に、変なこだわりがない限りまったくその通りでも問題は無いだろうと答えたかったが、敢えてここは信じられないものを見るような表情を作ってやる。

「そんなことで、アクアリウマーになれると思っているのか……?!草葉の陰で大石も嘆いているよ……!」

「あ、あくありうまー?!そして草葉の陰で大石さんが……って文字だけだと、すごい違和感なく溶け込むの凄すぎません?!」

「ツッコミじゃなくボケで返してくるとは……!予想外だ、夢野っ」

「いやいや……ちょっと二人とも何言ってるか分からないんだけど……夢野さんは立海の制服着てるし……俺だとツッコミ役不足過ぎるが……誰もいない時だからこそ、勇気を出す!二人ともこんばんは!昨夜ぶり!」

そんな俺と夢野のどこに落ちていくのかわからない会話を止めたのは、山吹の東方だった。
肩にかけている鞄と服装を見て「ジム帰りか」と呟いたら「お、俺の趣味を知っててくれたのか……?!」と大層感動されてしまった。

……だが、ジムの名前ロゴの入った鞄と服装を見てからの判断だと言うのは、敢えて口に出すのは辞めておこう。

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