弟くんたち
「へぇ、このねーちゃんがヴァイオリン上手い人なんだー」

私は今小学生男子たちに囲まれてひどくオロオロしている。
先刻の幸村さんと柳生さんダブルコンボに内蔵がダメージを受けた訳だが、今は道を譲ってくれず私を囲んでいる小学生たちに困ってしまっていた。

……本当は、ジャッカルさんたちにきちんと挨拶をしたかったけど、焦ってしまってテンパってて、上手く言葉を吐き出せたかも謎で。
赤也くんにも変に思われただろうなとか色々脳内パニックだ。

そして小学生男子たちにもパニックを起こしている。

「あ、あのね、ごめんね、もうおねーちゃんはお家に帰りたいから……」

「ええー?なんでー!また弾いてよ!ヴァイオリン貸すから」

「俺も聞きたいー!」
「僕もー!」

ぴょこぴょこ跳ねてる兄弟みたいな子がニコニコしてて超可愛い。
この子ら誰かに似てるんだけどもって思っていたら「あ、にーちゃん!!」と私の後ろに向かって二人が嬉しそうに笑った。
流夏ちゃんとともに視線を向けたら、丸井さんがいる。

それからもう一人、少し身長の高い男の子が「あ」とだけ発した。この子も目つきの感じと色白の肌が誰かに似てると思ってたんだ。
丸井さんの隣にいる仁王さんの弟くんだと思われる。

丸井さんの弟くんたちがワーっと丸井さんにまとわりついて、それを嬉しそうに白い歯を見せて「おー」と頭を撫でたり抱きしめたりしてる丸井さんを見て、荒れていた心が癒された。
そしたら不意に仁王さんの弟くんと思われる子が、私の耳元でこっそりと言葉を紡ぐ。

「あそこにいるの俺の兄ちゃんなんだけど、いつも外では他人のフリしろって言われんの。……でも、俺、お姉さんに言いたいことあって……」
「え、何?」
「俺の兄ちゃん、夢野詩織さん……貴女の大ファンなんだ。部屋にいっぱいCDとか雑誌の切り抜きとかあったの見たよ。っていっても、貴女が小さい頃だと思うけど……」
「……そうなんだ」

それだけ言うと、仁王さんの弟くんは「怒られるから他人のフリして帰る」とだけ続けて、公園のベンチに置いてあったランドセルを片方の肩にかけて走って帰っていった。
その時、チラリとだけ仁王さんの視線が彼を見ていたけど、弟くんに声をかけることもしない。そういう年頃なんだろうか?それとも別の理由があるのかなと頭を捻った。

でも、仁王さんが私のヴァイオリンを好きだと言ってくれたのは、サバイバル合宿の時も本人から聞いたので、やはり本当だったんだとじんわりと胸が温かくなる。
一時期、人が怖くなったあの時の前の私を知っている人なんだ。
そう思った瞬間、さっきの仁王さんの弟くんがずっと前に──人が怖くなってヴァイオリンがうまく弾けなくなって泣いていた時期に──話しかけてくれた男の子に似ていることを思い出した。
そうだ、あれは──……

「……仁王さん……」

「プリっ」

私が名前を呟くと、それが聞こえたのかそっと目を細められる。
と同時に丸井さんが目の前にやってきた。弟くんたちを左右に引き連れながら。

「……夢野。お前にいいものをあげるぜぃ」
「え?」

そう言って丸井さんが鞄から出してくれたのは、虹色の飴。

「それ、超レア!たまたま三種類の味が混ざってできたありえねぇやつ!普通は一つずつの味の飴しか入ってねぇはずなんだけど、奇跡的に合体してるのを発見した!……すげぇだろい?」

「……ぷっ」

ちょっと真剣な顔で何を言うかと思ったら。
私は思わず吹き出してしまった。
幸村さんと柳生さんでテンパってたこともあるけど、きちんとお別れの挨拶も出来てないし、出ていく時も一方的で驚かれたと思うのに。
それでもこうやって追いかけてくれて、そしていいモノと取り出してくれたのが飴玉である。

「ふふ、丸井さんらしい……すげぇ飴玉ありがとうございますっ!」

へらって笑って受け取った飴玉を包装紙から取り出してお口の中に放り込んだら、青リンゴとイチゴとレモンが混ざって複雑な甘い味がした。

「変な味!でも元気になりました!」
「だろい?」

私が吹き出した時は一瞬呆然としてたけど、元気になったと笑ったら、ウインクしてドヤ顔である。
丸井さんのそういう所は可愛いなといつも思う。

「なんだー、にーちゃんと知り合いだったんだー」
「おう、そ。知り合い」
「いつもお世話になっております」

弟くんたちの頭を撫でてそう笑ったら、飛びっきりの笑顔が返ってきた。

「……詩織、あの人らも来てる」
「まぁ追いかけてこないわけないじゃろうし」

流夏ちゃんの台詞に被せて仁王さんが丸井さんの後ろに立つ。
公園の入口近くに幸村さんたちがいた。ジャッカルさんも店を一度閉めてきたのか、そこにいて。

私はまだ上手く言葉に出来ないし、誰か一人だけを特別な目で見ることなんてもっと出来ない。

「ねぇ、ボク。もう一度ヴァイオリン貸してもらってもいいかな?」
「え?うん!もちろんだよ!!僕のオーディン貸してあげる!」
「オーディンだね。カッコイイなぁ!じゃあオーディン、また少しだけ力を貸してね」

北欧神話の戦争と死の神様かぁとぼんやり思いつつ、でもオーディンは詩文の神でもあって、多く持ってる別名の中に『語るもの』という名前も持っていたはず。
だから、私の心を語れるように。

ヴァイオリンを構える。ワルキューレよりも小さな分数ヴァイオリン。
少しだけいつもより弾きづらい。
でも、届けばいい。

──奏でたのは、チャイコフスキー作曲の「ワルツ」
有名なアニメ映画、眠れる森の美女でオーロラ姫がフィリップ王子とともに歌う愛の歌『いつか夢で』として知られている曲。

……私はまだ、茨の森を抜けられてない。そんなことをぼんやりと思った。

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