天才が芽生えたのは
幸村くんたちが店に入ってきた瞬間にカウンターにしゃがみ込んだ夢野は、そのまま幼児がハイハイするかのようにどこか隙間に隠れようとする。
その為、ちょっとパンツが見えそうになってて、思わず目がいった。

「……あれ?三船さんだよね?」

誰も何も発言しないからか、おかしそうに首を傾げながら幸村くんがメニュー表で顔を覆い隠していた三船を見つける。

「む。この四人でとは……珍しいな」

いつの間にか仲良くなったのか?と首を傾げた真田は今のこの微妙な空気がわかっていないようだ。

「先程本当は売上貢献に食べに来ようとしていたんだが、かなり繁盛している様子だったから遠慮したのだ」
「あ、そうだったのか。あぁ、そうなんだよ、前の店から流れてきた客がいて……」
「……何か目を引くものでもあったのか?」

柳の台詞にジャッカルが冷や汗をかきながら答えると、すっと目が開く。ジャッカルは蛇に睨まれた蛙のように動きをギクリッと止めた。
ダメだ、わかり易すぎるっ……!
かくいう俺もさっきから視線を向けないようにしながらも、夢野を目でちらちら追っちまうから、わかり易すぎるんだとは思うけども!

「えっと、三船の他に夢野なんていないっすよ──ぐあっ!!」

アホの赤也が滑らせた台詞にどうもカウンターの下で三船が腹パンチしたようだ。
腹を抑えながらカウンターに突っ伏した赤也はピクピクと震えている。

「……そうか。夢野か。困っているジャッカルを手伝った、といったところか。集客にヴァイオリンを弾いた可能性もあるな」
「む、夢野がいるのか?」

柳がノートを広げ、また瞼を閉じたままスラスラとペンを走らせた。キョロキョロと真田が反応して店の中を見回している。

「……もしかして」

空いているカウンターの椅子に腰掛けながら、幸村くんがふぅっと溜息をついた。

「俺がいるから……出てきてくれないのかな」

意味深に困ったように微笑んだ幸村くんを見る。視界の端で蹲ってた夢野の肩が小さく跳ねた。

「……何か心当たりでもあるんかのう?」

仁王が目を細めて幸村くんに問えば「さっき、立海で会った時に好きだって告白しちゃったから」と爆弾を落とす。

「え?は?え、今なんて……」

顔を上げた赤也が信じられないものを見るように幸村くんへと視線をあげた。
と、同時にピクリともう一人分かりやすいぐらいに肩を震わしたのは、比呂士くんだ。

「……幸村君、それは──」
「精市。俺はもう一つ面白い話を聞いたが。柳生が生徒会室で女生徒と抱き合っていたとな。浦山が玉川たち二年に噂していたのを聞いた」
「──柳君っ!」

眼鏡を掛け直しながら比呂士くんが焦ったような声を出す。

「ほう……おまんら、俺の知らんところで大胆なことばかりしとるんじゃのう」
「い、いえ、私は……っ」
「貴様ら、一体何の話を……?」

仁王の持つ雰囲気が変わってた。
真田はまだ話の流れに追いつけないようだった。……つか、なんだよい、これ。

俺と共に言葉を失っているジャッカルと赤也と目を合わせる。
その時だ。
黙ってた三船がガタンっと立ち上がったのは。

「アンタら二人か……!この際どっちかなんて知らないし、どうでもいいけど!!……あの子をこれ以上追い詰めたら、睾丸踏みつけて精子作れない体にしてやるから!」
「じょ、女子がなんてことを口にするんだ!け、けしからん!」
「真田さんは煩い!けしからんことしたのは、そこの二人よ!詩織を泣かせたんだからっ!」

泣いた?アイツが?

視線を向けたら蹲りながら、真っ赤な顔で本当に泣き出しそうになってて。
その瞬間にざわりと胸の中に変な感情が渦巻く。
さっきジャッカルの夢野に対しての気持ちが芽生えたとか、そんなんよりも強く、はっきりとした嫌な感情。

「詩織っ!!行くよ!」
「は、はいっ」

三船が名前を呼んだら、夢野はバッと勢いよく立ち上がった。

「夢野さ──」

幸村くんがそれに反応して手を伸ばすが、その手が制止される。驚いたのは制止したのは三船でもなく夢野本人だったことだ。

「ごめんなさいっ、幸村さん!柳生さんもっ!私、本当に容量オーバーで今はまだよく考えられないので……今日はこれで失礼致しますっ」

ぺこりと頭を下げて店から出ていく夢野の後ろ姿につい席を立ってた。
それは隣で同じように立ち上がった仁王も一緒で。

「……おまんらの行動、こっちはこっちで利用させてもらうなり」
「んじゃ俺もいくかね」
「え?え?!ちょ、まっ、待ってくださいっス!」

赤也が後ろで何か言ってたが、それを無視して仁王と競うように早足で歩く。

「ブンちゃんは大人しくしとくぜよ」
「それはこっちの台詞だろい?」

仁王が何考えてるかは知らねぇけど、俺はこのまま泣きそうなアイツを帰らせたくねぇから。

「夢野っ」
「夢野さ──」

ちょうどヴァイオリン教室がある真横の公園で夢野は三船と一緒に小学生のガキたちに囲まれて捕まっていた。
そういえば、ジャッカルの店の前で弾いていたヴァイオリンはいつもと違って小さくて。弾いてるアイツの周りにガキどもがいたなぁってぼんやりと思い出す。

「……って!」
「お互いの弟があそこに混じってるとは、奇妙な話じゃな」

苦笑した仁王と一緒に顔を見合わせる。
学年は違うけど、仁王の弟と俺の弟たちがそこにいた。

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