「は?」
「え!」
赤い金魚二匹と黒い金魚を一匹袋に入れてニコニコしている夢野に笑いかけた鳳の台詞に思わず日吉と声が重なる。
日吉と視線が絡まったけど、今はそれよりも鳳だ。
「……何今の、どういうこと?」
伊武も眉根を寄せてボソリと呟く。
「あ、いや!今日昼間詩織ちゃんにプレゼントしただけだから」
「待て。そう言えば昼間の話詳しく聞いてなかったな」
「クソクソ鳳!抜けがけすんなよな!」
「うーん、でもなかなかやるねー」
日吉が詰め寄ったと同時に、いつの間にか氷帝の三年生たちも周囲にいて。
はっと食べてたかき氷を口から離しながら、人口密度高いことにやっと気付いた。
「ふむ。しかし裕太くん。君はよく食べるね。甘いものだと」
隣でメガネを光らせながら乾さんが俺のメモを取っている。いや、その後は夢野の周囲の人間の様子もメモしているようだった。
「アーン?てめぇら、そんなとこで固まってんじゃねぇよ。地味な型抜き勝負も終わったし、俺様が用意した取っておきの場所に移動するぜ!」
「跡部、取っておきの場所とは……」
「ハッ!この夏祭りのメインは及川の家が協賛で出してる花火だって聞いたからな!場所取りしてやってたんだよ」
「キャー!跡部様が私の家の事まで知っててくださってて光栄ですぅー!」
跡部さんの台詞に手塚さんが眉間に皺を寄せたが、花火を見れる場所を用意してくれていたことに「そうか。それはありがたい」と返していた頃には表情が柔らかくなっていた。
及川さんは跡部さんの前でもうこれでもかって言うほど、ものすごい早口だ。
ふとそのまま視線を夢野に向けたら、今度は山吹の千石さんと室町に腕を引っ張られていた。
「詩織ちゃん、詩織ちゃん、実は彼を連れてきてしまってるんだけど」
「え?」
「千石さんが連れてきたんだけど、ど、どういう関係なのか、俺も気になってて……っ!」
「ええ?」
戸惑った表情で二人に首を傾げたあと、夢野の姿が誰かに覆われる。
「詩織っ!I wanted to meet!」
「「はぁ?!」」
大人数で移動しつつ、やはり夢野のことを視界に入れていた周囲は一気にザワついた。
いや俺の心も酷くショックを受けて、ボトリと手に持っていたかき氷を落としてしまう。
「大丈夫かい?裕太……」
そう言って兄貴がゴミになってしまったそれを片付けてくれたけど……。
「うわー……」
「なんで千石、彼を連れてきてんの」
「おやおや、君もいたんですね。クラウザーくん」
「つぅか……はよ離れんかいな」
ぎゅうぅっと夢野を抱き締めていた、本物の金髪を生やした青い瞳の外人を知っているのか、木更津先輩とお兄さんの亮さん、観月さんが肩を竦め、忍足さんが不機嫌極まりないと言った感じで二人を引き離す。
「いやいや誰っすか、そいつ!」
「もう移動しながらなんて、ツッコミが追いつかないにゃー!!」
桃城と菊丸さんが前方の方で叫ぶ。
「ダダダーン!僕の情報によりますと、サバイバル合宿が始まる前の船の上で夢野さんが漏らしていたイギリスの大嫌いだったウザー王子さんらしいです!!今は名古屋聖徳中のテニス留学生のお一人ですっ!ちなみに僕と同じ一年生ですっ!……嘘ダーンっ!」
「ありがとう、壇くん。君の情報をもとに俺のデータも更新しとくよ」
「っていうか、僕と越前くんと壇くんと同じ一年生だなんて……!」
「…………牛乳……」
壇の説明になんとなくこの状況を理解したのか、全員がチラリとお互いを見てた。
データを更新している乾さんは悪そうな顔をしていたし、葵と小さく呟いた越前の台詞は彼らもショックなんだろうけども。
それよりも二年生の俺ですら見上げる事になってしまうほどの、彼の身長。
そして綺麗に整った欧州系の血筋の王子様顔。
「けっ、外人だろうがなんだろうが変わんねぇだろ……」
「あ、亜久津も花火一緒に見るんだね」
「あ?人混みから抜けれるならそっちの方がいいって思っただけだからな?河村、余計なことそれ以上口にするとぶん殴るぞ」
亜久津さんの台詞にハッとして、そうだ、それに夢野は嫌いだって言っていたしと顔を上げる。
「ふしゅうう……それより早く進んだ方が……」
「うんうん、海堂くんの言う通り進みましょ」
「ですねー、新渡米さん」
海堂と新渡米さんが先頭の跡部さんにそう言って、喜多も相槌を打ってた。
「むぅ、詩織ちゃんにもう抱きつかないでねー!腹立つCー」
「Why?」
「あっかんべー」
キョトンとした外人──クラウザーというらしい彼に舌を出しながら夢野に抱きついている芥川さんも大概あれなんだけど……と思っていたら、数人舌打ちしてたから、たぶんきっと同じことを考えてた。
……そう言えば夢野のやつ静かだなと思って、少し早歩きして夢野の横顔を覗く。
「ふふ、夢野さん顔赤いね」
「独り言の余裕すらないのって珍しいしね」
振り向いたら兄貴と佐伯さんがすぐ後ろにいた。
そう二人が言った通り、もう本当に夢野は周囲の声を遮断するかの如く黙り込んでいて。
「おいおい、まだ上に上がんのかよ……」
「岳人、こんなもんで根を挙げんなよ、激ダサだぜ」
「クソクソ宍戸うるせー!」
前から聞こえてきた声に顔を上げたら、もうほとんど神社があるこの山の頂上に近い。
「盛り上がりの中、森……上がり……」
「ダビデぇえっ!他校の子まで巻き込むな!」
「いやいや俺をダジャレに使ってくれてありがとう、あはは」
「もう笑ってないで早く行け」
桜井がはぁっとため息ついて森の頭を小突く。
そんなやり取りにも無反応の夢野は、本当にどうしてしまったんだろう。
そう思っていたら、きゅっと噤んでいた夢野の唇が上下に動き出した。
「……り、無理無理無理……っ、もう容量オーバー、逃げ帰りたい、もうここから飛び降りたい!!離して下さい、ジロー先輩、若くんっ、深司くんっっ」
「無理だCー」
「飛び降りたいとかアホなこと言ってるヤツを誰が離すか馬鹿」
「……いや。ていうか反対側日吉だったのかよ……ムカつくなぁ。本当に邪魔なんだけど……」
背中にずっと芥川さんが引っ付いているのは見えてたけど、まさかクラウザーくんが離れたあと手を繋いで引っ張ったのかとか言葉を失う。
「あーもう……財前いなくても、俺がはみ出すのどうにかしたい……くそう」
「……ほんまこれはどうにかせなあかんなぁ」
「……まだまだだね」
後ろから聞こえた室町と忍足さん、越前の声に俺は妙な汗をかいた。
「んふ……っ、本当に彼女は……いいでしょう、受けて立とうじゃないですか」
「ふふ、観月にチャンスがあるとは思えないけど……」
「不二くんっ!」
「あーもう、やってらんねーな、やってらんねーよ……!」
「喚くな、桃城……うっせぇんだよ……てめぇは」
「なんだと、この、ちょっと黒猫貰ったからって……!マムシよぉ!!」
「あ、葵剣太郎、同じ一年生として負けないですよ!!」
「I see.」
「いやぁ、日本の文化を知りたいって連絡あったからちょうどいいと思ったんだけど……アンラッキーだなぁ」
「いや本当に馬鹿だな。千石は」
「クスクス、ライバル増やしてどうすんのさ。おかしいや」
「うわ、木更津くんたち、超冷たいっ!」
「ほらほらぁ言ったじゃん、大石っっ」
「え、いや……英二……はは、こりゃ大変……」
──もしかしなくても……、これは……
浮かんだ言葉を飲み込んで、ぐっと気合いを入れて石畳の階段を登ったのだった。
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