潜入!立海大附属中学校
昨夜、大石さんにおんぶして頂いている時に、クラウザーくんから電話番号を聞かれて。
そして朝起きたら、メッセージアプリに友達として表示されていた。
既に幾つかきている彼からのメッセージを確認したら、平仮名ではあるものの日本語でメッセージが来ていることに大変驚く。

たどたどしいながらも、一生懸命日本語を勉強してくれているんだなと胸が温かくなった。
別にそれは私の為だとかじゃないのはわかっているつもりだけど、それでも昔一緒にお互いの言語を教えあっていた時代を思い出したんだから仕方がない。


「……と。流夏ちゃんからだ」

電話がかかってきた。
スマホを弄っていた私はすぐに通話ボタンを押す。

『詩織、おはよう!今日は何か予定とかあった?』

「ううん、今日は普通にヴァイオリン練習だよ〜」

『そう。なら良かった。……えっと、まだ立海の制服持ってるよね?ちょっとそれ着てうちの学校まで来てくんない?』

「え、持ってるけど……何かあった?」

思いもよらない流夏ちゃんのお話に目をぱちぱちさせながら尋ねる。

『うんにゃ、なんにもない。何にもないんだけど、ちょっとした思い出作り』

「ほへー……よくわかんないけど、一時間練習したら、そっちに向かうね!!」

『一時間も練習すんのかい!まぁいいや、おっけー。近くなったら電話してー』

プツンっと切れた電話にいひひっと笑ってから、ワルキューレを構える。
昨日は結局あんまり練習出来なかったし、夏祭りから帰ってきたあとは、金魚ちゃんたちのお世話で忙しかったのだ。

お父さんが前に飼ってた亀の水槽を引っ張り出して、そこを金魚さんたちのお家にした。
近くのスーパーの閉店ギリギリに駆け込んで、なんとか餌だけは確保したけど。大石さんから助言してもらった、水草や金魚用フィルターは今日の帰りにホームセンターにでも見に行こうかなとかぼんやりと思う。
ちなみにお父さんが飼ってた亀は、私が眠り続けている間にお父さんたちの後を追って天国に逝ってしまった。餌をやる人もいなかったんだから、仕方がないと思うけど、餓死なんて可哀想なことをしたなと思う。

四十分ぐらい練習してから、ワルキューレをそっとケースにしまって、いつも使ってない部屋に入った。
クローゼットを開け、ここらへんだったかなと奥にしまい込んでいたダンボールを開ける。
と、同時に小さいダンボールが重なっていたのか、ゴロンっと床に転がしてしまった。
テープで止まっていなかったそれは、中身が飛び出てしまう。

「あ……宝物のやつ」

薄汚れたダンボールに書いてあるお母さんの『宝物』って文字にふっと表情が緩む。
飛び出たオルゴールをそっとダイニングテーブルの上に置いた。私が生まれた時にお父さんが記念として買ってくれたオルゴール。
忘れていたけど、今日から表に出そうかななんてぼんやりと思う。

それから、もう一度開けたダンボールの奥から立海の制服を取り出した。
一式揃っているそれに、夏服着るのは初めてだと笑う。
もう通っていないのに、腕を通したことの無い制服に腕を通すことになるなんて思いもしなかった。

姿見の前でちょっとポーズを決めたりして。

「そうだ。他の人にバレないように変装しよっと!」

自身の髪を左右で二つ分三つ編みにして、黒の髪ゴムで止める。それから、昨日のお祭りのくじ引きをした時に当たった玩具の黒縁メガネをかけてみた。

「おお、なんか変な感じ!」

一人で姿見の前で笑ってから、そっとパンダポーチを肩にかける。
お財布はここに入れて、さぁ出発だ。
なんだかすごくいけないことをしているような気分になって、妙に気持ちが昂っていた。







「お、詩織、眼鏡かけてる……」
「変装してみましたん!」

正門前で流夏ちゃんと合流して、腰に手を当ててポーズを決めたら「はいはい」と頭をこつんっとされた。

「それで思い出作りって──」
「校舎入ろ!夏休みだし、人も少ないからバレないでしょ!で、教室とかで写真撮ろうよ」
「──ラジャーであります!」

流夏ちゃんが楽しそうに私の手を引っ張る。
繋がれた手は温かくて、流夏ちゃんと立海の校舎をこうやって歩く時がまた来るなんて思っていなかったから、感慨深い気持ちになった。

あの事故がなければ、私はここで。
立海大附属中学校で、こうやって流夏ちゃんとずっと一緒にこうしていられたのかなって。

ふとケラケラと笑っている流夏ちゃんの横顔に、きっと今私たちは同じことを考えているのだろうと思った。



「ほほう。ここが流夏ちゃんの席なんだねぇ」
「そうそう」

流夏ちゃんのクラスの教室に入って、流夏ちゃんの席から黒板を見る。
事故の前まで私もこうやって立海で過ごしていたはずなのに、今はただ私の過ごす教室とは何かが違うという違和感しか無かった。
……ここは私の場所じゃないんだ。

流夏ちゃんの席から隣の席へと目線を送る。
顔を横に向けても、そこに若くんはいない。

「……詩織?」

スマホで写真を撮っていた流夏ちゃんが首を傾げた。

「はっ!る、流夏ちゃん!もしかしてここって赤也くんの席?!」

なんで若くんの姿を探してんのって急に恥ずかしくなって、流夏ちゃんに変に思われないように急いで早口でそう言った。
流夏ちゃんの隣の席の机を見たら、鬼の副部長とか書いてある角を生やした真田さんの似顔絵が落書きされてる。

「そうそう、切原の馬鹿と二年間も一緒のクラスよ。はぁ……」
「えへへ、赤也くんの机に落書きしちゃお!」
「……別にいいけど……なんか、アイツの喜ぶ顔しか思い浮かばないのが癪だわ」
「え、喜ぶかなぁ。落書き……びっくりはして欲しいけども」

真田さんの似顔絵らしき絵の横に吹き出しを書いて「こんな落書きを書くとはけしからん!たるんどるぞ!!」と台詞を書く。それだけだと私だってわかんないだろうから、その下に「赤也くん、絵、うまいね!By詩織」というメッセージと赤也くんの似顔絵簡易版を書いておいた。

「あ」

スマホでその様子を撮影していたらしい流夏ちゃんが突然声を上げる。

「ごめん、詩織!なんか、部活の後輩から、部室に来て欲しいって言われた!ちょっとだけ待っててくれる?」
「うん、いいよー」

赤也くんの席に座りながら流夏ちゃんにいってらっしゃいと手を振った。ちょっとだけ心配そうな顔をしてたけど、すぐに駆け出していった流夏ちゃんの脚は相変わらず俊足だ。

ここで赤也くんが授業受けてるのかーってちょっとだけクスってしながら、誰もいない教室にどんどんと落ち着かなくなる。
ここは私が普段いない場所……って考えると、余計にそわそわした。

そんな時だ。

「……失礼ですが、そこで何をしていらっしゃるんです?」

流夏ちゃんが出ていったまま、開けっ放しだった教室の扉のところに柳生さんが立っていた。
眼鏡をくいっと上にあげて「そこは私の後輩の席だったはずなのですが」とまた続けられる。

まさか知り合いの人に出会うとは。
立海生でもないくせに、制服を着て赤也くんの席に座ってるだなんて、変な子過ぎる。
色々ヤバいなと思った私は、すぐ席を立ってから「ご、ごめんなさい!少しだけ友達を待ってて……」と喉の入口を締めて裏声みたいな変に高い声を出した。
それから俯いて若干体を斜め横に向ける。

どうかバレませんように……!そして流夏ちゃん早く戻ってきて!と強く願った。

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