金魚すくいでウェルカーム!
「上等ですよ!勝負しましょう勝負!」
「せやな。型抜き勝負といこか」
「え、型抜き?!地味すぎないっ?!」
「地味’s呼ばれてるよ!!」
「「千石っ!俺らを巻き込むな……!」」

桃と忍足くんと英二の会話に山吹の千石くんと南くん、東方くんが混ざってわぁわぁと賑やかになっていた。
跡部くんもそこに居たので、女性の黄色い声も聞こえる。

「……っていうか、ルドルフは全国大会関係ないから、折角の夏休み田舎にでも帰省してもよかったんじゃない?」
「あのですねぇ……、君に言われなくとも、僕は三日間山形に帰省していましたとも」
「え……三日間、だけ?もっと長くても良かったのに」

騒がしくなってきたなぁと前方をぼんやり眺めていただけだったが、どうやら俺の後ろでも喧嘩が始まりそうだった。
不二の台詞にピクピクと眉根を動かして唇を震わせている観月くんは今にも怒りだしそうで。

「ちょっと、赤澤っ!部長ならこうまで馬鹿にされて、何か言い返したらどうですか?!って、こら!金田くんと野村くんは何を泣いているんです!こんな安い挑発に動揺するなんて、情けないっ!」
「はは、一番言葉数が多いのは観月だけどね」
「っていうかですねぇ、不二くん!貴方、弟の裕太くんまで傷付けて──」
「大丈夫。裕太は今リンゴ飴に夢中だから」
「──裕太くんんっ!」

口から火を吐き出しそうな観月くんを見て苦笑していたら、不意に視界の端で固まっていた不動峰のメンバーのところにいつの間にか夢野さんが混ざっていることに気付いた。

「え、あれ?桃たちといたんじゃ……」
「へ?あー……型抜き勝負始まったので逃げてきました。お腹すいたので」

そうへらっと笑って言ってから、彼女は内村くんに「ポテト一口頂戴〜」と言いながら彼の持っていたポテトを二本口に運ぶ。

「おい、全然一口じゃねぇんだけど」
「京介くんはケチだね」
「お前の唐揚げ代わりに寄越せ」
「あー!ひどい、最後の一個だったのにっ!」

それから、森くんと桜井くんの後ろで蹲っている神尾くんを見てクエスチョンマークを浮かべていた。
俺も彼のことはちょっと気になっていたので森くんたちの返答を待つ。

「なんて言ったらいいんだろ……」
「あー、ヤツもここに留まるべきか、杏ちゃんたちクラスメイトがいっている方の祭りに行くべきか迷ってて……」

「迷ってる暇あるなら楽しんじゃえばいいのに。アキラくん、金魚すくいあるよー」
「そ、そうだぞ!アキラっ」

夢野さんのセリフの後に元気づけようと石田くんも大声で頷いていた。

「いや……別に神尾なんて放って置けばいいのに……詩織、俺、一緒にやるから」
「じゃあオジサン、二人分──」
「お、俺もやるっ!!」

伊武くんが夢野さんの手を取って金魚すくいをしようとしたタイミングで、神尾くんが立ち上がってすごい勢いで伊武くんと反対側の夢野さんの横に並ぶ。

そんな様子をじっと見ていたのがバレたのか、夢野さんが水槽前に屈みながら、俺を見上げた。それからまたあの気の抜けそうな笑顔で「河村さんもどうですか?」と声をかけてくれる。

「え、俺は……いや、うん、やるよ」

少し迷ったけど、そう声に出して。
金魚すくいの店のオジサンにお金を渡してから、彼女の対面に屈む。

赤と黒の金魚たちが固まりを作りながら泳いでいた。

「……詩織ちゃん……っ」
「何無言で居なくなってんだ」

ポイを手に水面を眺めていたところで、鳳くんと日吉くんがやってくる。

「……わぁ難しい〜」

そんな二人の声を聞こえなかったかのように金魚すくいに夢中になっているフリをしている彼女に驚いた。

「……あ、あの、怒ってる……?」

それが俺だけじゃなく周りも分かったのだろう。
意外そうな顔でその場にいた皆が彼女を見つめる。鳳くんの台詞に夢野さんはポイを沈めたまま俯いていた。

「……お、怒ってない……」
「詩織?」

ポツリと彼女が漏らしたセリフに隣の伊武くんが首を傾げる。

「怒ってないよ……ただ、本当に、来ちゃうんだもん……」

私がここにいるから皆で来てくれたって自惚れちゃうじゃないか!なんだよもう!そんなこと考えたりした私が恥ずかしくて死んじゃう!!っと大声で叫んだ夢野さんの顔は耳まで真っ赤で。

あぁ、そう言えば氷帝メンバーはこのところ、夢野さんの行く先々に現れるのかと納得した。

「う、自惚れなんかじゃなくて、本当に皆、夢野さんのことが好きなんだと思うよ。そ、そばに居たら明るくなれるし、楽しいから」

それから俺がそう笑って言ったら、顔を上げて俺を直視した夢野さんの頭から「ボンッ」って爆発音みたいな幻聴が聞こえて驚く。

「か、河村さんが天使みたいな顔をして天使みたいなことを言う〜……っ!!」

それから涙目にまでなってしまって、ひどく焦った。


その後、彼女の唇の端だけどうしても拭かせてと鳳くんがウェットティッシュでゴシゴシと拭う。
それから普通に金魚すくいを楽しもうとしたんだけど、いつの間にか人集りがすごい。

どうでもいいけど、六角の皆は潮干狩りの要領で金魚すくいをすればとか……何か違うから辞めようか。

「そう言えば……」
「水着嫌がってた理由ってそれ?」

双子の木更津くんたちが、俺の左隣にいて不意にそんなことを夢野さんに尋ねる。
俺は対面に座った時に目に入ってたけど、口にしていいものなのかと迷っていたものだったから、ちょっとだけ二人の発言に焦った。

「あ……はい。やっぱり浴衣だと、少し見えちゃいますよね」

あの飛行機事故の傷痕なんだろう。
困ったように笑う彼女に少し言葉を失った。

「……でも、もう皆さんの前なら、見えてもいいかなぁーなんて」

へへっと小さく笑った彼女の腰にぎゅうっとしがみつきに来たのは芥川くんだ。
彼にムッとした様な顔をした伊武くんと神尾くんとは打って変わって、鳳くんと日吉くんは見慣れた絵のように溜息を吐き出すだけ。

「……皆さんがこんなことで引くような人達じゃないってのはもう知ってますから」

信じてるとか、わかってるとかじゃなくて。
あぁ、知ってるなんだなって、口元が緩む。

「……はは、そう言ってくれるなら、自惚れたいのは俺たちの方だよ」

心からそう思って口に出したら、夢野さんの驚いたような瞳の中に俺が映ってた。

「か、河村さんが本当に天使過ぎて……眩しい!」

そう呟いた彼女の顔をまだ見ていたかったけど、ポイを持っている方の耳近くで「これはラケットっすよ。河村先輩」と囁かれたあとの記憶が暫く口に出せるようなものではなくなったのは言うまでもなく。

……越前のやつには本当に参ったなと思ったのだった。

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