楽器屋さんへ
楽しかった大阪観光は昨日で終わりを告げ、早朝に東京についた跡部様キャンピングカーは私をマンション前で降ろしてくれた。
その後、皆それぞれ送ってくれるらしい。跡部様はまじで跡部様だと思った。

あと不思議だったのは、私、ソファをベッドにした覚えがないんだけど、マンションに着く前に起こされた時にはソファベッドの上で。
うーんと悩んで、もしかして跡部様が……と考えついたけど、あまりにも恐れ多過ぎてなかったことにする。

まだまだ眠いけど、夏休みだからってボーッとしてちゃいけない!シャキッとしなくっちゃ!

早速、朝ご飯を食べてから、初音さんが出してくれた課題をやろうとヴァイオリンケースに手を伸ばした。
課題の楽譜と……

「え、嘘……?!」

そういえば、ここずっと弦の張替えにまで気を回していなかった。
A線とE線が切れてる。
張替えの線も引越しの後買いに行こうとしてて、結局忘れたままだったのか。

「神奈川の楽器屋さんは知ってるんだけど……」

この近くの楽器屋さんってどこが良いんだろう。東京だし、数には困らなさそうだけど。

跡部様に聞いてみようか、と考えたところで、もしかしたら跡部様あまり眠れてないのではと悩んだ。きっと帰り着くの、自分が一番後の気がする。跡部様ってそういう人だ。いつも誰かの為に何かを成し、それを自分の成長の糧にするみたいな……なんていうかな、やっぱり王が民を導くみたいな人なんだろうなぁと行き着いたら謎の答えだった。

「……長太郎くんにしよう」

ヴァイオリンも弾けるし、長太郎くんなら良い楽器屋さんを知っているかもとスマホの画面をスクロールさせて発信ボタンを押す。
やはり男の子にかけるのは緊張するなぁと思いつつ、さっきから頼ろうとしているのがテニス部の人達だって気づいて、途端に一人で恥ずかしくなった。

『もしもし、詩織ちゃん?』
「違うんだよ!皆大切な友達なんだもん!頼りにしちゃうぐらい仲良くなっちゃったんだもん!!……はっ?!」
『……えっと……ありがとう?さっき別れたところだったけど、何か頼み事かな?』
「わーん、ごめんなさいー!ヴァイオリンの弦が切れちゃって、長太郎くんなら良い楽器屋さん知ってるかなって!別れたとこなのにすぐ電話してごめんなさいー!」
『ふふ、大丈夫だから!今から楽器屋さんの住所と最寄り駅言うから、メモできる?』

クスクスと電話向こうで長太郎くんが笑っている。死ぬほど恥ずかしかったけど、優しい声色にだんだんと落ち着いていった。
長太郎くんは分かりやすく最寄り駅などを教えてくれる。しかも今からだと、私の駅から一時間後に出る電車に乗ってお昼前にちょうど到着できるからって細かく丁寧にだ。
なんて優しいんだろう。

長太郎くんの教えてくれた電車に乗るべく、髪型とか整えてヴァイオリンケースとパンダポシェットを肩にかけて出掛ける。
リュックは昨日の大阪観光の荷物が入ったままだったから、流石に持ち歩く訳には行かなかった。



「あれー……?」
「よかった!ちゃんと会えたね!」

楽器屋さんの最寄り駅に着いたら、改札出た瞬間に長太郎くんを見上げることになって。
爽やかな笑顔の長太郎くんに首を傾げたら「どうしたの?」って同じ側に首を傾げられる。それがちょっと可愛くて遊び心で反対側に首を傾げた。
また長太郎くんが「詩織ちゃん?」と同じ方向に首を傾げる。

「ちょ、長太郎くん!可愛いね!!」
「え?!お、俺は可愛くないよ?!……か、可愛いのは……詩織ちゃんだよ!」
「お戯れを!!」
「え?!」

長太郎くんの可愛さに感想を述べたのに、変な気を使って返してくるから、長太郎くんのお腹にツッコミを入れた。私の行動にキョトンとしてて、また可愛い。

「え、えーっと、楽器屋さんはすぐそこだけど。詩織ちゃん、先に何か食べる?」
「食べたいけど、先に弦買わないと落ち着かなくて……」
「そっか、そうだよね!うん、じゃあ先に弦を買いに行こう!」
「うん!」

優しい笑顔で手を差し伸べられて、私は自然に手を取った。
長太郎くんは可愛いのに、長太郎くんの手はがっしりしてて男の子なんだなぁとしみじみする。

「……?長太郎くん?」
「い、いや、なんでもない……よ!」

前を行く長太郎くんの横顔が少し赤い。
首を傾げたら咳き込みながらそう返してくれた。だけど、風邪とかじゃないのかな。いや風邪じゃないとしたら……──あぁ、絶対私、口に出てたんだ。

自分の口をもう一つの手で抑える。
本当に何でもかんでも口にしすぎだ。






それから、長太郎くんに連れて行ってもらった楽器屋さんはとても小綺麗で、置いてある楽器の種類から、一般人の人があまり買いに来るような場所じゃないなと思った。

長太郎くんもちょうど楽譜を見て回りたいといっていたので、弦を購入した私は他の階も見て回ることにする。

「金管楽器のエリアだ……」

そういえば、十次くんがサックス吹けるんだよね。
どんなサックスを吹くんだろうってキラキラとサックスのエリアをガラス越しに見つめる。
どれも十次くんが吹いたら、絵になりそうで。
いつか一緒に音楽を奏でたいとさえ思った。

「……そんなにキラキラした目で……サックス好きなの?」

そんな時だ。
不意に声をかけられる。

後ろを振り向けば、金髪で大きめな丸眼鏡をかけたお兄さんがいた。つい先日ハリーポッターエリアにいったからか、お兄さんのかけている丸眼鏡はハリーポッターを彷彿とさせる。

「あ……その、私はヴァイオリン専門なんですけど。友達がサックスしてるって言ってたから……」

「へぇ。そうなんだ。……でも君の目はまるでサックスに恋をしているような目で見てたから……もしかして、その友達を好きなのかい?」

「え?す、好きですけど、友達として、ですよ?!」

「あはは!その慌てよう……やっぱり恋してるんじゃ──」
「そんなっ!」
「──なーんてね♪」
「え」

クスクスと口元に手を当てて軽やかに笑うお兄さんの表情を見て私は思った。
か、完全にからかわれた……!

「じゃあね、夢野詩織さん!」
「え、は?私の名前……?!」
「あはは!だって、そのヴァイオリンケースに書いてあったから!ちなみに僕は入江奏多だよ」

まぁもう会うことは無いだろうけど。と言い残して入江さんというお兄さんは手を振って去っていった。

その後すぐに長太郎くんが「待たせてごめんね」と困り顔でやって来てくれたけど、なんだか入江さんのせいでモヤモヤする時間を過ごしてしまったので「お腹がすいたよ!長太郎くん!!」と叫んだら、すごく驚いた顔をされたのだった。
可愛い長太郎くんは「うん、どこに食べに行こうか」なんて優しく笑ってくれたけども……!

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