幼い頃からの親友らしい三船という娘と話していた夢野に声をかけた。
彼女は「ふぉあ?!」と変な声をあげて俺を見上げている。いつもそうだ。
何故か俺が声をかけると彼女は奇妙な顔つきになった。
「……すまない」
そしてそんな顔をされるとつい謝ってしまう。
「いえいえ?!流夏ちゃんの怒りはもうだいぶ鎮まりましたので」
「ちょっと?」
「流夏ちゃん大好き!えへへ」
「……はぁ」
呆れ顔の三船は、俺の顔をまじまじと見つめるとニヤリと口元に笑みを作った。
それが心を見透かされたような気がして、じわりと手のひらに汗をかく。
味わったことのない感覚だ。
「私、ここからの帰りのこと榊おじさんに聞いてくるから。手塚さん、それまで詩織をよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げて三船は氷帝の榊監督の元へ走っていった。
視線を向ければ、跡部もそこにいる。
他の者たちはバラバラだが、基本的に学校単位で固まっているようだった。
しかしそれもすぐに崩れるだろう。
彼女が──夢野が一人でいるとわかれば。
いつもそうだ。
夢野と二人で話せた試しなどない。
「手短に話そう。本当にすまなかった」
「え?!て、手塚さんは何回私に謝る気なんだろうか!本当に私、何も手塚さんに謝られるようなことされてませんよ?!」
大袈裟に目をぱちぱちする夢野は、やはり小動物に似ているなと思う。
「いや……俺は謝ることをしたんだ。ソファの仕掛けも床から生えた手たちも。ボタンを押したのは俺なんだ」
「はい?」
夢野はきょとんとした顔で首を大きく傾げた。
「だから、それらの仕掛けの起動を押したのは俺だ」
ソファの仕掛けは夢野だけがソファに腰かけたときに動かすはずのものだった。
だが俺は押してしまった。
理由はわからない。芥川が夢野に膝枕をされているのを見た時に無意識に押してしまっていた。跡部にも竜崎先生にも怒られた。
そして床から生える手たちのタイミングも間違えていた。だがどうしても越前と芥川を夢野から切り離したかったように思う。
幸い先生方や跡部には機械音痴だと思われたのが救いだった。
それ以外の理由だということは、なんとなく己の中で決着がついているが、それを悟られてしまったら俺は俺でいられなくなりそうだと思った。
「んー……でも仕方ないですよ。私を誘導しなきゃだったんですから」
あっけらかんと笑う夢野に頭が痛くなる。
何故思わず押してしまったのか、そのはっきりとした理由を知ったら彼女は俺を軽蔑するんじゃないだろうか。
このようなわけのわからない感情に振り回されているなんて、本当に情けない。
こんな男が偉そうに越前に青学の柱になれと言ってしまったのか。
「詩織、そんなとこで何しとん?」
「あ、光くん!……も、もう怒ってない?」
「……たぶん」
四天宝寺の財前に恐る恐る振り返った夢野につい手が伸びる。
「手塚さん!もう謝らないで下さいね!私、大丈夫ですから!!……っていうか、たぶんは嫌だ。怒ってないと言ってパトラッシュ!」
「オコッテナイワン……誰がパトラッシュやねん」
一度振り向いて笑顔で俺に言った彼女に伸びた手は空を掴み。
びしっと財前に頭をチョップされても、楽しそうに笑っている夢野に言葉を飲み込んだ。
また、いつものように距離が離れていく。
不可解なこの感情の名を、俺はやはり知っているのだろう。
「…………すまない」
不器用な俺自身に。
そして感情を抱いてしまった君に、もう一度だけ謝った。
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