女の子の幽霊さんに追いかけられているらしいので、迷わずその扉を開ける。
急いでいたためか、転がるように扉の中へ入ったおかげで光くんに雑に投げ捨てられた。
「うあぁ、痛いっ、お尻打ったぁあ」
「だ、大丈夫か?」
「すんまへん悪かったこれで許せや」
私を心配してくれる十次くんの後ろで不機嫌そうに一息でさっきの台詞を吐いた光くんは、マジ許すまじ。乙女のお尻をなんだと思っているのだ。そりゃあ逃げるときだいぶ楽させてもらったけども!だが何故光くんは怒ってるのだ。
「っ、夢野、周囲を見ろ」
文句をぶつぶつ口にしていたら、若くんが私の頭を叩いた。軽くだったので痛くはない。
そしてそこでやっとここがすごく明るいことに気づいた。
開けたホールのような部屋で、壁は病院のような無機質な白。
前方には大きなスクリーンがあり、その横には大きなガラス張りのウインドウ。その向こうの部屋に数人いて、こちらをじっと見ている。
よくよく目を凝らせばそれは見知った顔ばかりだった。
「さ、さささ榊おじさん!?あと他の先生方も!てか跡部様っ樺地くん!手塚さん!?」
「あ。橘さん……たち……」
私が前方に向かって驚愕して叫んでいたら、真横の鉄格子向こうを見て深司くんがぽつりと呟く。
鉄格子向こうって言ったけど、どういうことだ。
ばっと顔を向ければ、まるで捕まってるのか鉄格子の大きな牢屋の中に皆がいた。
みんなである。リョーマくんや真田さんや、とりあえずこの洞窟内で会っては別れるはめになったみんなだ。
「はろー」
そして鉄格子の外に滝先輩がいた。
なぜ滝先輩だけが鉄格子の外にいるのだと思ったら、滝先輩の横にあのゾンビ軍団の中で一人だけ蔓を生やした異様に凝ったゾンビを目撃したが、そいつがいた。
「滝先輩、何してるんですか?っていうかその蔓ゾンビ明るい場所で見たら見覚えある!」
「やぁやぁ夢野さん、ご機嫌麗しゅう。室町くんも元気かなぁ」
「げっ」
ひらひらと手を振っている蔓ゾンビに十次くんが嫌そうな顔をした。
鉄格子の中で千石さん、南さん、東方さん、壇くんが苦笑したりため息をついたのがわかる。ちなみに仁さんは盛大な舌打ちだった。
「合宿サボって何してるんですか新渡米さん!!」
「やだな。こっち側の方が面白そうだし美味しいからに決まってるでしょ!」
「その前髪みたいに頭の葉っぱもぱっつんしちゃいますよ?!」
心底楽しそうな顔でニヤリと笑った新渡米さんに叫んだあと、くるりと再びガラスの窓に向き直る。
「ちょっと榊おじさん!先生方!こっちに来てください!もう本当に心配したのに!無事で良かった!!そしてテニス部のための何かの計画だとは思いますが、それでも、すごく心配していた大石さんと葵くんには謝って!!二人とも本当にすごく心配してたんだよ。というか、よかった、私がみんなを不幸にした訳じゃなくて……うあぁー」
榊おじさんの困ったような顔を見ていたら、急に安心した。安心して涙がボロボロ零れた。
もう泣かないって決めたのに、破ってしまった。
始めから跡部様が何か隠してるんじゃないかというのは気づいていたけど、それでもやっぱり不安で、榊おじさんという私の大切な家族を失ってしまうんじゃないかと本当に怖かった。
「詩織、本当にすまなかった。だが、始めからお前を巻き込むつもりはなかったことだけは信じて欲しい。大体、あの船の自室にじっとしていてくれたら、お前は戻れたんだ」
「あちゃー、それはすんまへん」
「くそくそ!それって俺らのせいってことじゃん!」
「激ダサだな……」
こっちの部屋に来てくれた榊おじさんたち大人の皆様は申し訳なさそうな顔をしていたが、テニス部の精神面を鍛えつつ体力増加も計るものだったと説明をしてくる。
それから私を巻き込むつもりはなかったと強調して、若くんを始め氷帝の先輩たちが肩を落とした。
いや、みんなは悪くない。若くんも鳳くんも先輩たちも私を心配してくれただけだ。
ぐっと涙を飲み込んで顔をあげる。
「怖いついでに今思い出した、私を暗闇の中捕まえようとしたの喜多くんだ……」
「あははー、ごめんねぇ。でも俺もここ噛まれて頭突きされたしー。手袋の上からなのに、まだ歯形残ってる」
蔓ゾンビこと新渡米さんの後ろからひょっこり顔をだした喜多くんはひらひらと歯形のついた右手を振った。
どうして気づかなかったんだろう。あんなに耳元で喋ってたのに。って気づくわけない。喜多くんが普段出している声より低音だったもん。むしろ手塚さんとかに近い低音だったもん。しかも話し方も変えてたし、わかるわけがない。
はっとして跡部様と樺地くんの横にたっている手塚さんを見たら、ばっちり目があったがすぐに逸らされた。……そんなあからさまに逸らされると少し傷つく。
それから喜多くんが言うには、あの時私をとっととこの場所に連れてくるという任務だったらしい。
洞窟が動いて私が閉じ込められたのも、そのためだったというのだ。
「え、待って?ゾンビも、そのあとの変な仕掛けも?」
「手っ取り早くお前を回収するつもりだったんだよ。が、逆に余計怖がらせることになってしまって悪かったな」
「……すまなかった」
「ウス」
跡部様が説明したあと、私の頭をぽんぽんと撫でてくれる。
それから手塚さんが申し訳なさそうに謝ってくれた。どうやらさっき目線をはずしたのは、居たたまれなかったらしい。樺地くんもとても辛そうだったので、大丈夫だよ!と笑っておいた。
そのあと、鉄格子は先生方の手によって鍵を開けられた。ぞろぞろとみんなが出てくる。
比嘉中のみんなはなんだかやっぱり不機嫌そうで。そりゃあ精神や体力を鍛えるためとはいえ、騙されのは嫌だよねと頷いた。
「……大体はわかったっんすけど、じゃああの女は……?」
神尾くんが青ざめた様子で跡部様を見る。
若くんも光くんもぴくりと反応していた。
「あぁ、あれは──」
「みぃーつけたーぁ……詩織」
「へっ?!」
私たちが入ってきた扉が開いたと思ったら、さっきの幽霊がやってきた。そして私の名前を呼んだ。
こんな長い髪の女の子知らないと若くんの後ろに隠れていたら、もう一度「詩織」と名前を呼ばれる。
「も、もしや貴殿は流夏ちゃんでございまするか?!えっ?」
ばさっとボサボサの長髪のかつらをとって、ニヤリと笑ったのは紛れもなく流夏ちゃんだった。
切原くんと桃ちゃんが「うげっ?!」っと声をあげる。どうやら二人は流夏ちゃんが苦手らしい。
「えっ、ていうか、陸上部の大会は?!あれ?!」
すごく嬉しかったけど、大会とかで忙しい時じゃ!と思ったら、つかつかと歩いてきた流夏ちゃんに若くんの後ろから引きずり出されてデコピンされた。
「あんたの練習しているホテルに一度遊びに行くって言ってたでしょ?つか、連絡とれないから榊おじさんに連絡したら……あんたって子は〜っ」
「ひぃ、ごめんなさい!ごめんなさい!!」
流夏ちゃんが鬼のような形相になったので、平に謝る。でも流夏ちゃんの顔を久しぶりに見たら、すごくホッとしたのだった。
「つか……さ。俺ら、追いかけられる意味あったわけ?ないよな、あれ、絶対わざとやってたに決まってる」
「あれやろ。詩織と仲がいいからちゃうか」
「え!……でも確かに、他のメンバーはそういうことされてないって言ってたもんな」
「深司、財前、室町……それって俺と石田は巻添えくらっただけじゃねえか」
「アキラ、そんな言い方しなくても……」
「……ふんっ、いい迷惑だ」
((日吉っ、お前は楽しんでただろうが!))
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