日吉が詩織の頬に手を添えて左右から力を加えたら「おうふっ」と可愛いげのない声が詩織から漏れる。
会いたかったと抱きつくようにすがり付いてきた詩織が可愛かったんは一瞬やった。
ほんま、ムカつく。
あの台詞は俺を見たからやのうて、日吉がおったからやと理解すればするほど、ほんまにイライラしてきよる。
「……何イライラしてるの。それってさ、前から思ってたけど……逆効果だよね。まぁ俺には関係ないし、勝手に好感度下げてもらった方がいいわけだけど」
「ほんまウザいな、自分」
日吉と室町、師範の弟と神尾に今まであったことを一生懸命説明している詩織を視界に入れながら、伊武の頭をぺちんと叩いてやった。
「……ウザいのはどっちだよ。……うざいぜんって呼んでやろうかな……」
「は?ウザ伊武のくせに」
「……なんであの二人は喧嘩してるんだろうか。喧嘩するほど仲がいいというから私の知らないうちにものすごい友情イベントでもあったのかな。そういえば若くん私を見てお前無事だったのかって言ったけどあれどういう意味?!」
友情イベントなんかあるかい、この節穴!ってツッコもうかと思っとったら、そのまま一息でまた日吉に顔を向けたので、口に出すのをやめる。
……なんでやねん。
ほんまなんやねん、この差。
日吉と仲がええんは、たまたま同じ学校でたまたま同じクラスで、たまたま隣の席同士なだけやろ。
それがこの差に繋がるんか。
十分理解はできる。できるけども納得なんかできひん。
「いや……お前の悲鳴が聞こえてたし、洞窟内からこの洋館みたいな場所に移動したときに、幽霊に追いかけられたからな。それでだ」
「いやいやいや、幽霊じゃねぇから!あれは動物か何かを見間違えただけだって!」
「こんな場所に動物がいるか。バカか」
「はっ?!ナチュラルに幽霊はいるみたいな顔すんな!」
「いるに決まってるだろ」
日吉と神尾の言い合いは、日吉の見事なまでのどや顔で終止符がついた。鼻でバカにするように笑った日吉を見て、詩織はこれのどこに安心感やらなんやらを覚えてんと頭が痛くなった。
「若くん怪奇現象でイキイキするタイプの人だから……さっきの手を見たら若くん大喜びだっただろうな……」
あぁ、ここは残念ポイントか。
詩織の独り言にニヤリと口角をあげる。
「それにしても色々あったんだな。とりあえず兄貴の報告もありがとな」
「ううん、いいんだよ!鉄くんが笑ってくれるだけで荒んだ心が浄化されていくよ!」
銀さんの弟にへにゃっと笑った詩織がムカついたので、頬をつねってやった。
「なんで?!痛ひ!」
「財前、痛がってるだろ」
詩織が悲鳴をあげたら、正義ヅラしたようなお人好しの室町が俺の手を払おうとする。
「ほんま不二裕太と自分は癪に障るわーなんなん、いい子ちゃん同盟でも組んだん?しばくで」
「なっ……なんだよ、その同盟っ、そんなつもりないし、殴られたくもないし」
「光くん!十次くん!あれ怖いんだけども?!」
結局俺の手を払ったのは詩織自身で。
慌てたように叫ばれたから眉間にシワを寄せた。
「嘘だろ?!」
「は、はは、これは……」
神尾と銀さんの弟が表情をひきつらせている。
「人形の髪がのびていく」
日吉が嬉々とした顔で部屋の隅っこにあった人形を見つめる。
んな怪奇現象に喜べる神経がほんまようわからへん。
「……っていうかさ、この部屋、こんなに人形とかぬいぐるみあったっけ?いやなかったよな……いきなり増えた?どこから?」
伊武がぶつぶついい始めたら、詩織も悲鳴を上げだした。
「動いた!あのくまのヌイグルミ動いたよ?!それにあそこのフランス人形も……に、に、逃げようジャマイカ!!」
「あかん、詩織のテンパりがヤバイ。逃げるで」
「あぁ。気味悪いし、問題は俺たちが入ってきた方から出るか、詩織が来た方から出るか、かな」
室町が交互に両端にある扉を見比べる。
「せっかくの怪奇現象だが、大体の趣旨はわかった。ひとまず、夢野が入ってきた扉にするぞ。少なくても幸村さんたちの方向にいった方がいい」
日吉の言う通りにするのは癪やなと思った瞬間、俺らが入ってきた扉のノブがガチャガチャと回される。
そしてほんの少し開いた隙間から、指が数本暗闇のなか浮かび上がった。
ぎょろり、とこちらを見る目玉が扉の隙間で光る。
「みぃーつけた……!」
「「ぎゃあぁあっ!!」」
詩織と神尾が抱き合うように悲鳴を上げ飛び跳ねる。なにしとんねん。
いやそれよりも逃げなやばいな。
低めの女の声はこの部屋に逃げ込む前にも少し聞いた。こいつや。ずっと追いかけてきてたんは。
神尾は動物やとか言うとったけども。
「早く!」
銀さんの弟がそう叫んで、俺らはダッシュで詩織が入ってきた扉に向かう。
神尾とくっつきながらガタガタ震えていた詩織は抱き上げた。
俵を抱えたような形になったんはしゃーない。
神尾の方は自力で踏ん張れ。
「光くん、これ、恥ずかしい!でも怖い!お願いします!超逃げて!」
「言われんでも!」
その詩織の台詞が妙に嬉しかった。
なんでや言われても、うまくいわれへんけども。
口許が緩んでニヤニヤしてしまいそうなんを必死で抑える。
「若くんも早く!!逃げないなんて私と幽霊どっちが大事なの?!」
そしたら部屋から出たあと、閉じた扉を名残惜しそうに見て足を止めていた日吉にそう言った詩織に頭を冷やされた。
「あ、あぁ、今行く」と少し頬を赤らめよった日吉の姿も見逃さない。気にしてないそぶりしつつ、顔を背けた日吉は絶対今にやけとるやろ。ふざけんなや。
「「……ムカつく」」
ぼそりと呟いたら、隣を走っていた伊武と被った。
……ほんまウザ。
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