懐中電灯を持ちながら隣を歩いていたジャッカルが突然首筋を押さえる。
ふむ、どうやら何かの破片が飛んできたらしいな。
「方向からして……亜久津の確率──」
「百パーセントだな」
俺の台詞に被せてきたのは貞治だった。
薄暗い洞窟の中、顔を見合わせて小さく頷く。
「……確率で信頼を確立する……プッ」
「ダビデ、今バネいないんだよ!」
後で天根と佐伯がそんな会話をしていたが、今はそれどころではない。
灯りがついている方向に視線を戻し観察する。
不機嫌そうな亜久津の後ろには木更津兄弟と宍戸と鳳がいた。そして先程「あ、隠れよう」と呟いた彼女もだ。
「一体何から隠れるつもりだったんだ?」
「蓮二、それは俺も興味がある」
「だ、ダブル尋問からに決まってるじゃないですか!いつもなにも言わなくてもわかるくせに、どうしてそういうときだけわからないふりするの!仁さん、ゴー!!」
「あぁ?!俺に命令するなっチビ!!」
亜久津に頭を鷲掴みにされた夢野は痛い痛いと訴えていた。
それから佐伯と天根がそれを止めに入る。
「女の子に乱暴なことすると逆にカッコ悪いよ?」
「あ?」
「女の子が痛ガール……プフッ」
「おぉ、上手い!馬、旨い!」
「うまくねぇよ!」
盛り上がる天根と夢野のやり取りに普通につっこんでいる亜久津の姿に瞠目した。最初無駄に男前な様子で止めに入っていった佐伯が逆に可哀想になるぐらいだ。
「っていうか、そっちって行き止まりじゃなかった?」
「俺たちさっき行き止まりで戻ってきた方向なんだけど」
「あ、そういえば……」
木更津兄弟が俺たちに尋ねて、鳳が首をかしげる。
「変動しているんだ。ここは」
貞治が眼鏡をくいっと中指で上げながらそういうと、夢野も興奮した様子で今まであったことを説明してくれた。
「つか、色々やべぇな」
宍戸がはぁーっとため息を吐きながら目元を手で覆う。
「バネさん……いっちゃんたちを助けにゾンビに向かうなんて……バネェッス」
いや、今のはだいぶ無理があるな。苦しいぞ。
だが何故か言った本人と夢野は腹を押さえて笑っていた。
……さらさらと手元のノートに夢野の笑いの沸点の低さを記入する。
「赤也は真田と一緒なら安心だな……後はブン太が無事ならいいが」
「ジャッカルさん、天使のよう!」
「は?……やめてくれ」
丸井の心配をしているらしいジャッカルに夢野が尊敬の眼差しを向ける。
ジャッカルに対しては本当に心を許しているのか。俺への対処を思い出せば、本当に心外だ。
「……ふむ。とりあえず夢野は狙われているんだな」
「あぁ、その可能性は高い」
貞治の台詞に頷けば、夢野は「マジデスカ」と片言で呟いたあと、疲れたように鳳の服の裾をつまむ。
「夢野さん、服じゃなくて手を握ってくれていいよ」
「鳳くんも天使か!」
鳳が笑顔でそう言うと、夢野は狼狽えつつも鳳の手と自分の手を繋ぐ。
少し照れながら、だが嬉しそうに微笑んだ鳳に思わず表情筋が歪んだ。
「だが、今までの経緯を聞く限り、それでは不十分な可能性の方が高いと思うぞ」
「な、なんですと?!」
大袈裟に目をぱちぱちさせた夢野に、フッと口許が緩む。
「お姫様抱っこをしてやろう。その方が罠には確実にかからないんじゃないか?」
「えー……でも確かに怖いのでお願いします」
「まぁそう断るだろうと思って──……何だと?」
ダメ元で発言した案はすぐさま破棄されると思っていた。だが、夢野は確かにお願いしますと言った。
「……予想外だ」
「たまには予想を裏切った方がいいかなと……ダメでした?」
そう小さく肩をすくめた夢野は悪戯っ子のような表情をしていて。
思わず小さく息を吐く。
「ふむ、後悔するなよ」
「っ?!そんな馬鹿な!」
望み通りお姫様抱っこで抱き上げると、夢野は顔を両手で覆っていた。そして「おぉおぉ……」と変な声で唸り始める。
どうやら本当に俺がそれを実行するとは思っていなかったようだ。思っていないからこそのさっきの表情か。
だが、逆効果だな。
お前のすべての行動は男を焚き付けることにしかなっていない。
「蓮二。疲れたら俺が交代してもいいぞ」
「大丈夫だ。夢野は一人暮らしでまともに食べてないのか軽いからな」
「……チッ!」
焦ったような顔をしている貞治に笑って返せば、後ろを付いてきている亜久津の舌打ちが聞こえた。
それから鳳のため息も。
「ふぉおぉぉう」
「……もう少し色っぽい声が出ないのか。予想通りだがな」
「おぉお、柳さん、下ろしてくださいませんか」
「断る」
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