罠と思惑と3
「あぁ、でもどうしましょう。皆さんのところに行きたいんです。でも、どうしたら……」

「あ。そうだよな、こんな隙間じゃ通れねぇよな……」

赤也の台詞に不安げだった瞳がまた潤んだような気がした。
青学の不二と河村がそんな彼女を気遣い、先の通路を確認しようとする。

がくがくと小刻みに震え出した夢野の表情には、ありありと恐怖の色がうかがえた。
今にも折れそうなほどの姿に、胸が苦しくなる。
あぁ、本当にいつも彼女には感情を振り回される。
助けてやりたいと強く思った。
夢野を独りにさせてはいけない気がしたのだ。

だからぐっと腕と拳に力をこめ、握った岩を睨み付ける。

「……っ、このっ、壊れんかぁあぁっ!!」

気合いをいれ声を荒げた。
自分でもそこまでの力が発揮できるとは信じがたかったが、やるしかなかった。
手の中で粉砕した壁にふんっと息をつく。
やはり何事も人間成せばなる。

「ふ、副部長、す、すげぇーっ?!」

赤也の興奮したような声に少しだけ誇らしくなる。
呆気に取られたような顔をしていた夢野は、河村に促され、桃城の手を掴んでこちら側の通路に出てきた。

「さ、真田さん、ありがとうございました。そ、その、手は大丈夫ですか?」

頭を下げてからぐいっと俺の手のひらを広げてくる。
どうやら怪我をしてないかの確認らしい。
それだけの理由だというのに、何故かその時はドクドクと心臓が煩かった。

な、何を動揺しておるのだ、真田弦一郎!
くっ、落ち着け!けしからん!

必死に頭を横に振る。
何故か落ち着こうとすればするほど、脳内にこの間の温泉で彼女とばったり会ってしまった時のことを思い出す。
脳裏にはっきりと甦る白い肌に全身が熱を帯びていくのがわかった。

「き、キィエェエーッ!!」
「ひぃっ?!」
「真田くん発見!いやん、桃尻くんも!あっ、詩織ちゃんやないのぉ!」

邪念を追い払おうと叫んだら夢野は泣きそうな顔で驚いていた。
そして俺の叫びをたよりに方向を決めて歩いてきたのか、声に振り返ると、四天宝寺の金色と小石川、忍足謙也が走ってくる。

「あ、小春お姉さま!小石川さんと謙也さんもご無事で!えっと、さっき、一氏さんと石田さんは見かけましたよ!」

「そうなんか!俺らはさっきまで白石と金ちゃんと一緒やってんけど、いきなり壁が動いて分断されてもうてん」
「ほんまなんやねんっちゅー話やで!」

小石川がため息を吐き、忍足は苛立っているように転がっていた石ころを蹴る。

「あ、そういえば、夢野さん、越前たちは見なかったかい?」

「リョーマくんは見かけてません。あと乾さんもまだ。でも、菊丸さんと大石さんと薫ちゃんなら!一氏さんたちと一緒でした」

「あ、亜久津は……?」

「え、仁さんは見かけてないですね」

「そ、そうか。途中まで一緒だったんだけど、はぐれちゃって……一度離れるとなかなか合流は難しそうだね」

「河村さん、きっと仁さんも他のみなさんも大丈夫ですよ!」

不二と河村の質問に答え終わると、夢野はそのまま赤澤たちに向き直って続けた。

「あ、観月さんと野村さん、柳沢さんは洞窟の入り口らへんで近くに。壇くんと千石さん、南さん、東方さんと一緒だと思います」

「そうか。ありがとうな」

「赤澤部長、裕太は洞窟に入る前からもっと前の方歩いてましたよね。淳さんはお兄さんの亮さんと一緒でしたし」

「あぁ。確かに裕太は、さっき不二が尋ねていた越前と同じだったような気がするが」

それぞれが記憶していることを情報として出すことはいいことだ。

「ふんふん、ユウくんが銀さんと一緒やゆーのもわかったし、少しだけ安心したわぁ」

金色は小さい子供を心配するような母親の口調でそう言うと「そろそろ進もか」と笑った。
確かにこの場所で留まっていてもなんの解決にもならない。

「よし、先へ──」
「なぁ桃城、金田。アンタら、これ何のボタンだと思う?」
「んー?ボタンだぁ?」
「へ?ちょ、二人とも何押して──」

先へ進むぞ!と声をあげようとしたところで、赤也が桃城と金田を手招きしながら、通路の壁に不自然に設置されていたボタンを押した。

「赤也、貴様ぁっ!!」

怒鳴ったときには遅かった。
パカッとその場にいた全員の足元の地面が扉のように開き、落下したのだから。
突然穴が開いて落とされるとこんなにも心臓がひゅっと凍ったような感覚になるのかと思った。
そして怪我や命に関わることになるかもしれないと覚悟したが、落ちた先は水の中だった。
高さもそれほどあったわけではなく、俺の腰上ぐらいの水位にふうっと息をはきだす。

「驚いたね。……っと、上には戻れそうにないな」

不二が困ったように笑い、上を見上げてから肩をすくめる。

「副部長、すみませんでした!!俺、わざとじゃなくて!」
「たわけ!!俺だけに謝ってどうする!」

そうだ。
彼女は無事だろうか。
さすがに大丈夫だとは思いたいが、普段の様子から、この高さでも怪我をしてしまう危うさがある。

そう考えて辺りを見回したところで、夢野がいないことに気づいた。

「みなさーんっ、大丈夫ですか?!」

「夢野?落ちなかったのか!」

桃城の声に上を見れば、夢野がひょこっとこちらを覗きこんでいた。
元気そうな様子にホッとする。

「謙也さんが助けてくださって」
「ボタンを切原くんが押した瞬間、まずいって思ってなー!浪速のスピードスターの名前は伊達ちゃうで!」
「謙也くぅん、なんで私のことも助けてくれへんかったのー!」
「す、すまんー!つ、つい」

ホッとして撫で下ろした胸がそんなやり取りを聞いているうちにもやもやし始めた。
意味がわからん。
彼女がこんな恐ろしい目に遭わなくてよかったはずなのだ。
だが何故か少しそわそわしているような忍足の顔が不愉快だった。

「とりあえず、登るんは無理やから、このまっすぐ伸びとる道を進むしかないわ」
「あぁ」

小石川の意見に赤澤が大きく頷く。

「四天宝寺の忍足さん!へ、変な気起こさないでくださいっすよ!!」
「え、いや、だ、大丈夫やでたぶん!」

上に向かって何故か涙目になっている赤也に、貴様が余計なことをしたからだろうと頭が痛くなったが、とりあえず早く合流できるようにしなければと強く感じたのだった。

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