そんな煩い声が頭の横から聞こえたと思ったら、左通路の壁の隙間からやった。
気になって隙間を覗くと、そこにはあの馬鹿女がおった。間違いなく夢野や。
「何しとんねん」
隙間に向かって声をかけたら、夢野が泣きそうな顔を俺に向けてきた。
「一氏さん、どうしましょう?!閉じ込められましたっ、四方八方壁で!」
「なんでそないなとこに」
「違うんです、壁が動いて!いや、地面も!」
はぁ?
壁や地面が動いたって、インディジョーンズかいな。なんやその仕掛け。
「小春、ここに夢野が──」
そう振り返ったら、もう既に小春や白石たちの姿はなかった。
いつも夢野のことを気にしとるわりに気づかんかったんか。つか小春まで俺を置いていくとか寂しすぎるやろ。
「うーむ、どないする?」
おったんは銀だけで、銀によると金ちゃんが走っていったせいで白石たちは俺の行動に気づかんかったらしい。財前は洞窟入る前から別行動なっとったし。千歳も見失ってた。
「一氏さん、石田さんーっ」
狭い空間に閉じ込められているからか、夢野はだんだん涙声になってきていた。
何度も何度も俺と銀の名前を呼ぶ。必死に隙間から伸ばされた手を握ってやると、少し落ち着いたようだった。
「あっれ?なにしてるのかにゃ?」
「もしかして、この向こうにいるのは……」
「ふしゅう、夢野か?」
俺らの後ろにいつのまにか青学の菊丸、大石、海堂がおった。
洞窟の中は思ったよりも広く、幾つか分かれ道があったため、それぞれ別れて探索しとった。
手持ちの懐中電灯や蝋燭に限りはあるから、あまり細々と分かれられへんけども。
「夢野さん、灯りは何も持ってないのかい?」
「は、はい。壇くんが懐中電灯を持っていてくれたんですが、突然壁が動いたときに別れちゃって。私、何も……っ、なので皆さんがいってしまうと……!」
ぎゅうっと握っている手が強い力で握り返される。汗ばんだ手。少し震えているのがわかった。くそ、なんやねん。もう離されへんやないか。
そんな俺を知らず、尋ねた大石は自らの背負っているリュックから、マッチの束を取り出し、一箱夢野へと隙間に押し込んだ。
もうひとつの手でうまく手にしたらしい。夢野の顔が少しだけ晴れる。
「待ってにゃ、今蝋燭も──」
菊丸がそう言った時やった。
夢野の方から低い地鳴りみたいなんが聞こえたんは。
「や、やだ、地面が……!」
握っていた手が突然重みを増す。
「夢野?!」
「どうかしたんか!」
海堂と銀が大声を張り上げたが、隙間からじゃ状況がよくわからん。
せやけど、この手の感触からわかることがある。
「一氏さ……っ、ごめんなさい」
泣いてるんじゃないかと思った。
俺かて泣きたかった。
片手じゃ支えきられへん。ほんまふざけんなや。
汗ばんだ手はずるずるずるっと重力に負け、やがて離れよった。
「いやぁあぁあっー!」
その瞬間に小さくなる悲鳴とともに夢野が完全に視界から消えた。
ようわからんが、どうみても下に落ちよった。
「くそったれ!死なすどっ!!」
がんっと壁を蹴る。
ほんまなんやこの洞窟っ!
「夢野ちゃん、大丈夫だよね?!」
「お、落ち着くんだ、英二。俺も落ち着くから。とりあえず、前に進んでいたはずの不二たちに追い付いて──」
「さっきまで進んでいた道がないっす……」
海堂の台詞に絶望したような表情を見せる大石の背中を叩く。
「よぉ見ぃ!後ろ、俺らが来たんはあんな坂道やったか?」
「ほぉう、また違う道か」
銀に大きく頷く。
坂道は緩やかに下に伸びとる。
もうこの道を行くしかないやろ。
夢野の手の感触を思い出して、もう一度「くそったれ!」と吐き出した。
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