気付いたときには身体が勝手に動いていた。
この突然の濃霧の中、視界に現れたのは信じがたいもので。
そして全員でバラバラの方角に逃げたら、俺は何故か湖の近くまでまた戻ってきてしまっていた。
そして見てしまったのだ。
夢野さんが湖に転げ落ちるのを。
しかもなかなか上がってこない。
やはり、転げ落ちたときに頭を打ってしまったのかもしれない。それで意識がないとしたらまずい。
「い、いま、行く……ぜ!」
ラケットを握っているあの瞬間を思い出す。
できる限り、グリップの感覚を。
どうか、こんな俺に勇気を……!
「げほげほっ」
思いきって飛び込んで、意識の失っている夢野さんを水の中で見つけることができた。
早く早く!と焦りながら、俺は必死に抱き抱えながら泳ぐ。
水面から顔をだし、抱えている彼女の顔も出す。
だけど、やはり息をしていなくて。
どどっと心臓が脈打った。
「夢野さん、だ、大丈夫だから!」
なんとか岸にまで引きずって彼女の頬を左右から叩いてみる。
白い肌が赤みをもってしまって、申し訳なくなった。だけど、そんなことをいっている場合じゃない。
あぁ、こんなときに不二や大石、手塚たちの姿はない。
水を飲んでしまっている。
なんとか吐き出さないと。
呼吸をもとに戻さないと。
保健体育の授業を思い出すんだ。
たしか30回の心臓マッサージと二回の人工呼吸を交互に繰り返さないと。
「ご、ごめん、でも、ぜ、絶対に死なせないから!」
夢野さんを助けなきゃの一心で、彼女の胸と胸の真ん中らへんをぐっぐっと手のひらで押す。
それから、顎をあげ気道を確保してから、勢いで人工呼吸をする。
その瞬間、がぼっと夢野さんの口から水が吹き出すように出てきた。
「ごほっ、はっ……けほっ」
自発的に呼吸もしている。
眉間にシワを寄せながら、咳き込んでいる夢野さんの肩を叩いた。
「夢野さん!だ、大丈夫かい?」
「か、河村さん……?げほっ」
「うん、うん、よかった。本当に良かったよ、俺、ほんとうに、すごく、怖くて……」
「助けてくださったんですね、ありがとうございます!」
目の前で人が死んでしまうかと思ったら、本当に怖かった。がくがくと震える全身に情けなく笑うしかない。
夢野さんはそんな俺にずっとありがとうございます!と声をかけてくれていた。
「他の人は……あ」
「大丈夫か?夢野。タカさんも大丈夫っすか?」
聞きなれた声に振り返ると、桃がいた。
頭をポリポリとかいて「さっき……」と言いかけた桃にはっとする。
もしかしなくても、人工呼吸を見たんだろうか。
でもあれは本当に人工呼吸であって、深い意味はないんだ。助けなきゃということしか頭になかった。
「……やっぱりタカさんのこと、尊敬しちゃうっすよ」
心臓マッサージとか的確ですごかったすと笑った桃にほっと息を吐き出すのだった。
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