跡部様に呼ばれたので氷帝のみんなのところに戻る。
呆れ顔の跡部様と宍戸さんが不可解だった。
もっと不可解なのは怒ってるジロー先輩と岳人先輩である。さらに上を行くのは頭を撫でようとしてきた忍足先輩だろうか。なんだ、どうした。新垣くんと同じようにペットにでもしようということか。だが私は負けぬ。これ以上頭を撫でられてキュンキュンしてたまるか!
「また転ぶぞ、バカ夢野」
「あ、若くん」
ぽんっと頭の上に手を乗せられて何事かと思ったら不機嫌そうな顔をした若くんだった。
それから鳳くんがやってきて「色々大丈夫だった?さっきとか……」と若くんが手をどけた後に頭を優しく撫でながらそんなことを聞いてきた。
大丈夫だよ?と笑って返したら、ほっとしたような顔をしていたのが印象的だった。
「いや、今のは一番わけわからんわ」
「なんですか、忍足先輩は。何か文句がありますか」
「なんで俺の手は頑なに避けてるのに、日吉と鳳の手は受け付けんねん。意味わからん」
「胸に両手を当てて考えてください」
「……はっ!俺に惚れとるんか!」
「苦しんで悶えてから屍になればいいと思います」
「ひどっ」
忍足先輩とそんな会話をしていたら、樺地くんが人差し指を唇に当てていた。
跡部様も同じようにしている。
怒っていたはずのジロー先輩と岳人先輩でさえ、聞き耳をたてていた。
でも、おかしい。周囲には他校の皆さんがいたはずなのに。
そしてそこでハッとする。
いつの間にか濃い霧が湖から発生していて湖を囲んでいた森は完全に覆われてしまっているのだと。
「おーい!コシマエー!!ワイらはここやでぇー!!」
「金ちゃん、ちょ、黙って!変な唸り声が……っ」
少し離れた場所で金ちゃんの声がした。
すぐ後に聞こえたのは白石さんの声だと思う。
右手の方か。比嘉の皆さんがいた場所から少し湖寄りの──
「うわぁあっ?!」
右手に意識を向けた瞬間、左手から悲鳴が聞こえた。
「切原くん?!」
思わずそう声をあげる。
でも、続けて幸村さんの「走って!」とか真田さんらしき「騒ぐな!けしからん!」という声が聞こえたかと思ったら、今度は違う場所から別の人の叫び声が聞こえた。判別できないほどたくさんの声で。
「わ、若くんっ」
「離れるなよ」
ぎゅうっと前にいた若くんの服を掴む。
「やばっ、あれって……嘘だ」
滝先輩が呟いたのと同時に、私もはっきりとそれを視界に入れることができた。
そして驚いたのと同時に言葉を失う。
木々の間から見えたのは、現代に生きているはずのない恐竜の姿だったのだから。
「ティラノサウルス?!」
岳人先輩がみんなの代弁をしてくれたようだが、その声が恐竜に気づかれてしまった。
「夢野、走れ!」
宍戸先輩がそう言ったのと同時に皆一斉に後ろにダッシュする。
脳を刺激するような恐竜の咆哮があたり一面に響いた。
これできっとまだ何が起きているのか気づいていなかった他の皆も気づいたことだろう。
「ばっ、夢野っ?!」
運動部の人たちについていくのも精一杯だった私だけど、まさかこのタイミングで足を踏み外すとは思わなかった。
若くんが必死に私を掴もうとしてくれたのだけど、もう私は勢いよく地面を転がっていった。
そしてそのまま、水しぶきをあげて湖に落ちてしまったのである。
あぁ、みんな逃げて!とか恐竜が生きてるはずなんてないとか色々ぐるぐるしてはいたけど、湖に落ちた時に頭を打ったのか、そこがじんじんするのと、鼻や口に入ってきた水に息が出来なくて苦しくて泣きたかった。
そしてすべてが暗闇の中に溶けるように、音も視界もフェードアウトしていったのだった。
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