金田の災難
「え、夢野さん、熱あったんだ?」

裕太が目の前でそわそわしているのを見つめながら、そう驚きの声をあげた。
朝食の時に見かけた時はあいかわらず挙動不審だったし、独り言がすごかったけど……、そうか。熱があったのか。確かに言われてみれば、普段よりも独り言が凄まじかった上に上の空だったかもしれない。

「それで、金田、昼食の当番だろ?よ、様子見てきてくれないか?ほ、ほら、医者もいないしっあれだから!」

あぁ、心配なのか。
口に出さずに、俺は大きく頷いた。
俺の反応にホッとした様子の裕太に微笑ましくなる。
やっぱり彼女のことを好きなんだなぁと。
しみじみと思った。

昼食の当番は、今日は赤澤部長と柳沢さんが一緒で。後は不動峰の森と内村だった。
観月さんがいないのは助かるなって思っていたら、突然どこから沸いたのか観月さんが俺の肩に手をおいて「んふっ」といつものように不敵な笑みを浮かべている。

「げ……あ、いや、な、なんでしょう」

思わず心の声が漏れそうになった。

「それは……彼女、夢野さんに持っていくものですね?」

管理小屋から外出禁止らしい夢野さんに持っていく昼食セットを隠すように振り返ってみたが、どうやら無駄だったらしい。
目ざとくそういい放った観月さんには逆らわずに頷くしかない。

「あぁ、それで別に用意してたのか。気付かなくて悪かった」
「お茶も持っていくだーね?」

赤澤部長と柳沢さんが俺を見る。
柳沢さんの用意してくれたお茶の入った紙コップを受け取りつつ、何か考え事をしている観月さんをちらりと見た。

「……んふっ、それ、僕が運びますよ」
「え」

吃驚した。
まさか自分がやるだなんて言い出すとは。
でも嫌な予感しかしないし、それに裕太に様子を見てきてくれと言われたのだ。

「いや、その」
「なんです?どうしても君が行かないとダメな理由でもあるんですか?」

目を細めた観月さんに裕太のことは口が裂けてもいえない。きっと裕太は観月さんにこれ以上色々知られたくないと思う。

俺は必死に考えた。
馬鹿正直でまっすぐな赤澤部長は嘘をつけないし、柳沢さんは観月さんにいざというとき逆らえない。
だからここは──

「に、二年代表で俺と森と内村が様子を見てこいって跡部さんと手塚さんが」
「ん?」
「……はい、そうなんです」

いきなり話を振られて森はきょとんとした顔をしていたが、内村の方は話を聞いていたらしく、さらに状況をよく理解してくれているのか、帽子を深くかぶり直したあと、俺に話を合わせてくれた。

「跡部くんと手塚くんですか……」

二人の名前を出したら少しだけ観月さんが固まる。

「それに観月さん、探索班、今回不二さんと同じじゃなかったですか?行かないと不二さんを避けたと思われるんじゃ?」

「まさか!」

裕太のお兄さんの名前にあからさまに反応すると、観月さんは鼻息荒くその場を去っていった。
顔をあげた内村はニヤリと俺に笑みを向ける。

「た、助かった、内村」

「いや、そっちも不二裕太あたりに頼まれたんだろ。俺も深司に頼まれてんだ」

「あれ、そうだったっけ?なんか神尾が深司の呪いが煩いからとか言ってたような?」

とりあえず、内村と森は同志だったらしい。
一人で夢野さんの管理小屋にお見舞いに行くのは、様子うかがいを頼まれているとはいえ気が引けていたので助かった。半分くらい気が楽になった。

なんせ、彼女は色んな人から好意を寄せられているようだから、俺なんかが近づいたら、一部の人たちの眼力で瞬殺されるんじゃないかと、気が気じゃなかった。


「よし、行くか!」

準備ができたので、そう気合いをいれたら、何故か森に吹き出された。
内村がいうには森は五月ぐらいから笑い上戸らしい。ツボにはまるとしつこいようだ。
ちょっといらっとしたが、気にしないことにした。
俺は早く夢野さんの様子を確かめてから、この場を去りたいのである。

手に持っている昼食セット(といっても夢野さんは体調が悪いのでおかゆなど)に視線をおとしてから、こほんと咳き込む。

「夢野さん、金田だけど。あと不動峰の森と内村も一緒。昼食もってきたから……入るよ?」

「ふぉ、あ、ありがとう!いだっ」

ノックをして、返事を聞いてから扉を開けたら、中の夢野さんは何故か二段ベッドの上で頭を抱えていた。

「ぷっ。今頭打ったんだろ」

「森くんまた笑った、酷い……っ」

森に怨み言を言いながら、いつもは下で寝てるんだけど、ちょっとだけ気分転換に上で寝てみたの!と付け加えた夢野さんは元気そうに見えた。
いやでも朝もそう見えたし、油断はできない。

「あ」

小屋の中の小さなテーブルの上に昼食を置いてから、顔を再び彼女に向けたら、梯子から降りようとした彼女の体がふらついた。
危ないと思って支えようとする。
だけど、その行動は間違いだった。

夢野さんの体が落下する。
支えようとした俺の上に。
どしーんっとものすごい音が響いた。

「いたた、た?」
「痛……、って、やわら……?!」

あ、漫画とかでよく見たことあるかもしれない。こんなシーン。

まるで他人事のように脳がそんなことを考えたけど、俺の上に股がった夢野さんを見上げつつ、自分の手が彼女の胸を掴んでしまったことに焦る。
柔らかいその感触に、死を見た。

「詩織センパイ、今の音何──」
「夢野さん、大丈──」

駆け込んできたのは、たまたま近くにいたのか知らないが、青学の越前と四天宝寺の忍足さん。

「あ、そ、これはっ」
「あ、俺らは関係ないんで」
「ぶふっ」

真っ青になった俺を見て、即座に他人のふりをした内村とまた盛大に吹き出した森にバカ野郎と心のなかで叫ぶ。

「ふぁああっ?!」
「あ、ご、ごめっ!!」
「こ、っち、が、ごめ、んなさいっ!!」

真っ赤になって悲鳴を上げた夢野さんに慌てて謝ったら、夢野さんも泣きそうな顔で謝ってきて。
それからすぐ俺の上から退いてくれたけど、やっぱりもう遅くて。

「ねぇ、今の何?」
「た、助けようとしてあぁなったんはわかったんやけど、でも羨まし……ちゃう、ちょお、こっちきてくれへん?」

確かに残る右手の柔らかな感触に、この話が裕太の耳に届かないことを必死に祈るだけだった。

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