私はいつの間にか太陽が昇っていることに気づいて、自分が眠ったのか眠れなかったのかわからない朝を迎えた。
昨夜は跡部様のあの整った顔が間近まで迫って、頬に柔らかな感触を受けた。本当はギリギリまで唇にキスされるかと思ってしまうほどで。
「はぁー……」
ちらちらと朝食時も跡部様を観察するが、跡部様は特になにも気にしてないのかいつも通りてきぱきと指示を出していた。
やはり、昨夜のあれは私の中の衝撃を消してくださっただけなのか。
うっかりとときめいてしまった。
恐れ多くも、胸がドキドキした。
少女漫画のワンシーンみたいだった。
跡部様は信じられないくらい美男子だと思う。
だから昨夜の私がものすごくドキドキしてしまったのは、仕方がないはずだ。むしろ当たり前の反応じゃないのか。
これで私が跡部様に惚れてしまっても、跡部様は苦情を口にしたらダメだと思う。
「おい、夢野」
「はぁ」
「夢野っ」
「ひゃっ?!」
肩をがっと掴まれて、後ろを振り向いたら若くんだった。
朝食終わりにあの手作りテニスコートを使用していたはずなのに、どうしたんだろうと彼を見る。
眉間にシワを寄せているその顔はどこか苦しげだ。
「ど、どうしたの?どこか痛いの?!」
若くんは私が瞬きを繰り返してそう尋ねたことに、ふるふると首を横に振っていたけど「……わからん、痛いのは痛い」と呟いた。
ぎゅっと拳を胸元辺りで握ってから、若くんは息を吐き出した。
「……夢野、お──」
「ひよCーっ!お水だCー!」
「濡れタオルも持ってきたで」
次の瞬間には若くんはジロー先輩に水の入ったペットボトルを口に突っ込まれて、忍足先輩によって額に濡れタオルを引っ付けられていた。
「何ですかっ」
「不穏な空気を感じてやな」
若くんがイライラしながら二人を睨み付ける。
「え、詩織ちゃん?」
それからジロー先輩が私を不思議そうに見つめてきた。
パチパチといつも眠そうな瞳が今は見開かれて。
「……うあ、見ないで、くださっ」
自分でも熱いのがわかる。
血液が一気に頭に上った感じだ。
昨夜の跡部様の時と同じ。
でも跡部様のことを思い出したからじゃなくて。
ただ、さっき、若くんが「痛い」と胸元を押さえて、真剣な顔で私を見つめてきた時に一気に上昇した。
なんでだ。
なんで。
「夢野?」
「詩織ちゃん、自分どないしたん?」
若くんの顔を見れないっと顔をそらしたら、忍足先輩が手を伸ばして私の額に触れた。
手のひらの感触が妙に冷たくて心地いい。
でもまた一気に恥ずかしさが私を襲う。
胸がドキドキする。
動悸息切れが激しい……っ!
「あかん、えらい熱や!」
「え」
「詩織ちゃん、顔真っ赤だよ!それに涙目だCー」
「え」
「お前……っ、ふざけるなよっ」
「え、なんで怒られたの?!」
大きなため息を吐き出してから、若くんは自分の額の濡れタオルを私の額にくっつけた。
「来い、夢野。お前は今日外出禁止だからなっ。……あとで滝さんにも文句言ってやる……っ」
なんで滝先輩が出てくるんだろうと首をかしげつつも、ぎゅっと若くんの手に握られている自分の手が熱を帯びていることに気づく。
このドキドキも熱のせいなのかなとかぼんやり考えた。
昨夜も熱があったのだろうか。
いつから熱があったのだろうか。
わからないけど、ただ……
若くんと繋がられている手は、ドキドキしつつもどこか安心するような感覚だった。
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