真夜中にまで響くヴァイオリンの音色を止めに、景吾くんが夢野さんの小屋に行ったのは昨夜のこと。
自分達の小屋に戻ってきた景吾くんは様子がどこかおかしかった。
いつもの余裕はどこにいったのか、少し苛立っているようで。
その瞬間に気づいたんだ。
景吾くんの心に何か変化があったって。
たぶんそれは間違いなく夢野さんのことで。
それが確信に変わったのは朝食時。
明らかに夢野さんを避ける景吾くんと、それをチラチラ気にしている彼女の姿をみた時だ。
しかも二人とも分かりやすいくらいに、目があった瞬間、顔色を変えたからね。
「滝さん、ボールを……なんですか、その不愉快な顔は」
テニスボールを拾い上げ、取ってくれと言っていた日吉に手渡す。
そしたら、何やら察知したのか眉間にシワを寄せて俺を見ていた。
「俺の忠告をちゃんと聞いてれば後悔しなかったのに……」
はぁっとため息混じりにそう言ったら、日吉は心底鬱陶しそうな顔をしていた。
それからゆっくりと夢野さんを探す。
そして彼女をじっくり見てから俺に向き直った。
「……後悔はしません」
「え?」
テニスボールとラケットをぐいっと押し付けられる。
え、もしかして。
そう思ったときには日吉の姿は目の前から消えていた。
「……やるねー」
そうか。
日吉はもう自分の気持ちを隠すのを止めたのか。
それがいいと思う。
いいと思うけど……
ボールとラケットの片付けを押し付けたのは、わざとなんだろうか。もちろんわざとなんだろうな。
「……まぁまだ恋とも決まってないか」
あの景吾くんだ。
そして、あの夢野さんである。
ただ、些細な兆しが大きなうねりの変化をもたらすかもしれない。
「やがて少女は恋を知るのです、なんちゃって」
「なんや自分、詩人にでもなるんかいな」
「Aー、道化師じゃないかなー」
「盗み聞きした上で俺に八つ当たり止めなよ、もう」
「そんなん言うてもいつも日吉を焚き付けてんの自分やろ」
「そうそう、迷惑だCー」
忍足とジローもラケットとボールを俺に押し付けてきた。
えー、重いんだけど。
後を追いかけていく二人の背中を見送りながら、みんな、彼女が好きなんだなぁとしみじみと思う。
それからふっと羨ましいとさえ思った。
素直に、
感じた気持ちのまま、正直に歩むことができるなら、それはどれだけ幸せなんだろう。
「……あれ?」
四人分のラケットとボールを片付けてから、ちくりと痛んだ胸を押さえて、俺は一人首をかしげるのだった。
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