覗こうとしたわけじゃない!!
「え……」

目の前の脱衣場にかかる女子入浴中の看板に固まる。

四天宝寺のやつらが、せっせと夢野のためにこの脱衣場を作っていたのは知っていた。
で、きっとあいつのことだから、うきうきとこの機会に温泉に入りに来るだろうなとは思った。

……思ってた、んだ。

ごくり、と喉が鳴る。

夢野が、いる。
温泉に浸かっているのだ。
この木の板の向こう側で。

「っ、」

想像しただけで、また鼻血が出そうになって慌てて鼻の上の辺りを指ではさんで押さえる。
つんっと鼻腔に鉄の匂いが広がった。

そしてそれから、また生唾を飲み込む。
暑さからなのか緊張からなのかわからないが、額から背中にかけて、汗が浮かんでいた。

「……赤也、お前」
「うえっ?!」

びくっと心臓が跳び跳ねた。
後ろから俺に声をかけてきたのは、丸井先輩だった。そしてその後ろにはジャッカル先輩もいる。

「ブン太が、お前が夜中にこっそり抜け出したから、後付けようって言い出したんだが……」

今、後をつけてよかったと心の底から思ったぜと続けたジャッカル先輩の顔は深刻そうだった。

「ち、違う!違いますって!俺、そんなつもりじゃ……!」

「いいんだよぃ、赤也」

よくねぇよ!と心の中で必死に叫んだが、その叫びがこの人に届くわけもなく。
ぽんっと俺の肩に手を置いた丸井先輩は憎たらしいほどの笑顔を向けてくる。

「男、だもんな」

この人が先輩じゃなかったら、俺はたぶんものすごい勢いでこの人の首を絞めてたと思う。
ウインクまでした丸井先輩と対照的な暗い顔のジャッカル先輩もだんだん腹立たしくなってきた。
なんなんだ。
この人たちは何しにきたんだ。

いや、そもそも俺自身何しにきたんだ。
だが絶対覗きとかをしにきたわけじゃなくて!

「じゃあいくか」
「え、」

当たり前のように温泉の内側が見れる場所に移動しようとした丸井先輩に目を見開く。

「ブン太、やめろ……」
「なんだよ、減るもんじゃなし。赤也のためだろぃ」

俺のためだとか言いつつ、ちゃっかり覗く気満々の丸井先輩に異様にイライラしてきた。

も、もし俺が覗き目的できてたとしても、丸井先輩と覗くのは違う気がする。
共有できるわけない。
だって、この向こうにいるのは夢野なんだ。
夢野が裸で──


「けしからんっ!!」

丸井先輩を止めよう、俺以外の誰にも見られたくない!と心に決めて顔をあげた瞬間、俺は丸井先輩とともに全身水の滴る副部長に殴られてた。

痛いとか、なんで副部長全身びしょ濡れなんすかとか、なんでここに?とかいう疑問はもうどうでもよくて。

あいつの入浴を丸井先輩が覗くことはなかった安堵と、覗けなかったという残念な気持ちが強かった。
い、いや、別に覗きたかったわけじゃなくて!
決して覗きにきたわけじゃなくて!


……あぁ、もうまた、夢野の顔をまともに見れねえ。

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