うん。
なんていうか、長かった。
もう小屋に戻って休ませて貰おうかなと想っていたら、何処からともなく猫の鳴き声が聞こえた。
いや、違う。
「にゃー?!大石ーっ、大丈夫じゃないじゃん!」
そうだ。
この声は菊丸さんである。
大石さんがどうしたんだろう?とひょこっと声のする林の中を覗く。
「……大丈夫だと言っているだろう。先生方がまだ見つかってないんだ。休むわけには……」
「いやいや、もう大石はいいから!タカさんたちと部屋に戻っときなよ!後は俺がやるから!」
あぁ。大石さん、夕食時もどことなく元気がなかったけど、やはり正義感や責任感が人一番強いせいか先生方のことを気にして無理していらっしゃるらしい。
菊丸さんが大石さんの手から取り上げた水汲み用の空のボトルを目にしてから、私は二人の前に姿を見せることにした。
「大石さん、菊丸さんの言う通りです!今日は休んでいてください!代わりに私が水汲み行ってきますので!」
「え?夢野さん?!」
「あ、夢野ちゃん、助かったよ〜!大石のやつ、すっごく強情でさぁ〜!言ってやって!」
「え、英二……、っ!」
菊丸さんに物言いたげな大石さんのほっぺたを背伸びしてつねってみた。
大石さんはびっくりした顔で私を見つめる。
たぶん、やられたら私もびっくりするから、大石さんの反応は普通だ。
「言う通りにしないと、大石さんのほっぺを左右に伸ばします!そして捻ります!これ、若くんや滝先輩によくやられるんですが、めっちゃ痛いですよ!今のうちに観念して私と菊丸さんの言う通りに大人しく休まないと後悔しちゃいますよ!」
ちなみに若くんと滝先輩にはこうやって猶予を与えられることはなかったが。
畜生、あの二人にもいつかやってやるんだから!
「……はぁ、夢野さんには敵わないな……」
「おぉ?!観念した!夢野ちゃん、さすが!」
「い、いえ、私は何も。……むしろ、大石さんが観念してしまう痛みを受けていた過去の私可哀想です!」
菊丸さんに頭を撫でられながら、若くんと滝先輩に恨み言を並べる。
すると、もう一度大石さんが苦笑しながらため息をついていた。
「……夢野さんは、……跡部を信じてる、よね?」
「?はい」
「…………疑ってしまったことは、その、ないかい?」
大石さんの瞳に誰かの姿がうつった気がする。
それは彼が信頼している手塚さんのような気がした。
「……信じていればいるほど、自分には話してほしいと思いますよね。でも、それが言えない事情なんだって、信じてます。言えるなら、きっと説明してくれるって信じてるから」
「……夢野さん」
「きっと大石さんもわかってますよね。私知ってます。だから今は休んでください」
「……うん、ありがとう」
目を細めて笑ってくださった大石さんはとても素敵だった。
「ぶー!二人してなんの話かにゃー?」
「あ、英二!夢野さんに迷惑かけるんじゃないぞ?!」
菊丸さんに注意する姿はいつもの大石さんで。
それに逃げろー!っと私の腕を引っ張った菊丸さんは、またいつもの菊丸さんだった。
きっとこの二人は、どちらかの元気がないともう一人も元気がなくなるほど、仲がいいんだろうなって思う。
「……菊丸さんと大石さんの関係って素敵ですよね」
前を歩く菊丸さんからは返事がなかったけど「大石をびっくりさせるぐらいいっぱい水汲んじゃうもんね!」と笑った菊丸さんの頬がちょっと赤くなってて、なんだか心が温かくなった。
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