無邪気に海面から手をふってくれる葵くんに手を振り返してみる。
すごく嬉しそうにまた満面の笑みを向けてくれた。
……しかし、困った。
何故か押しに押されて、現在私はいつも着ている上着の下が水着姿となっている。
何をそこまで、と思われるかもしれない。
でもこれは、恥ずかしいとかそんな気持ちじゃなくて。
実は、私には首のすぐ下というか、鎖骨あたりから胸にかけてものすごく大きな傷痕があるのだ。
それはあの飛行機事故の時のものだが、あまりにも大きなもので、ものすごく中学生女子に似合わないものになっている。
だから、氷帝の授業にプールが出てきても見学の一択を選ぶつもりだった。
そして誰にも気づかれるぬように暮らしているつもりだった。
服装だってできる限り傷が隠れるようなものを選んでいたつもりである。
そんなわけで、温泉で神尾くんに出会ったドッキリの時も酷く焦ったし、もう本当に勘弁してほしい。
だってこの傷をみたら、みんな絶対テンション下がるもん。触れないように気を使われるもん。
気にしないで海に飛び込んでしまいたいぐらい炎天下な今日が本当に憎たらしい。
「……夢野。嫌なんだろ?」
「え?」
どうしたものかと葛藤していたら、突然後ろから声をかけられた。
振り返ると、裕太くんだった。
「……すみません!こいつ、気分悪いらしいので!管理小屋まで送ってきます!」
「裕太く──」
しっと合図されて私は押し黙る。
裕太くんの台詞を聞いた佐伯さんが「俺が送るよ!」と言っていたけど、裕太くんは「いえ。大丈夫です」ときっぱりといい放って私の背中を押してくれた。
黙々と管理小屋まで歩く。
なんで、とか、どうして、とか聞きたかったのに声にならなくて。
迷っていたら、もう管理小屋の前だった。
「あ、ありがとう……」
頭を下げたら、裕太くんはばつが悪そうに頭をかく。
「いや……、その、傷、見られたくなかったんだろ……」
それからぼそりとそう言った彼に、「何故お主がそれを」と瞠目してしまったら、思いっきり引かれたような顔でため息をつかれた。
「……そ、そりゃあ……見たから」
そしてぼそりと紡がれた台詞に、ん?と首をかしげる。
「……忘れたのかよ。ほ、ほら、お前、俺んちで、シャワー浴びてただろ……、さ、最後までいわせるな。あの時のことは、本当に悪かったと思ってるんだから」
「……はっ?!」
かっと目を見開いてしまった。
同時に顔面から火が出るくらいに熱くなる。
「あぁぁ、あ、あは、あははっ」
「……ば、ばかっ」
乾いた笑いが口から出て、裕太くんもいつの間にか真っ赤で。
二人してもうどうしたらいいのかわからなくなってた。
そういえば、裕太くんとの出会いはかなり衝撃的だったのだ。
「……お、お、おぉ、お嫁の貰い手ないときはお願いします」
あまりにもテンパってそんなことを笑いながら口にすれば、裕太くんは何故か咳き込んで噎せた。
死ぬんじゃなかろうかというほど、ごほごほしたあと、裕太くんはきっと私を睨む。
「……俺でいいなら、貰ってやる!」
「へっ?!」
そして、ぎゅっと抱き締められた。
あまりの出来事に、何があったのかわかんなかったけど、たぶん、抱き締められた。
「……じゃ、じゃあなっ!バカ夢野っ」
ほんの一瞬の出来事で。
もう瞬きしたころには、バカと罵倒されてて。
裕太くんの姿はどんどん小さくなって。
……え?
「……〜っ、わぁぁぁあっ」
その場で蹲って地面に叫んだ。
もう軽くパニックになったわけである。
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