逃亡者を羨む
──嫌な予感しかしない合宿当日、新渡米さんと喜多が体調不良を訴えて参加を急遽取りやめた。
……はっきり言うと、あの二人は逃げたんだと思う。
だって今電話連絡受けた南部長が「新渡米が面倒──ごほごほんっ、体調が悪いから合宿は参加しないそうだ。昨夜喜多からも連絡が来ていたが……仕方ないな」と遠い目をしながらわざとらしい咳払い混じりに呟いていたから。

……はっきり言うと、あの二人に呆れと同時にその手があったかと悔しく思う。
何故なら俺も行きたくなかったからだ。


「おい、クソジジィ!!俺を騙しやがったなっ?!」

伴田先生の首を締め上げようとしている亜久津さんは見えなかったことにしながら、一度深いため息を吐き出した。

停泊している豪華客船の前にいるのは、氷帝と四天宝寺のようだ。
どうやら俺たちが三番目の到着か、と思ったところで隣にいた千石さんが「お、ラッキー!」と叫ぶ。
その反応に期待してしまった自分も自分だと思いつつ、目は必死にアイツの姿を探していた。

「……詩織っ」

「おぉ、十次くん!おはようっ!それから助けて欲しいでございまするっ」

声をかけ駆け足で近付いたら、詩織の左右の腕はそれぞれの方向に引っ張られていた。
よく見たら、氷帝の芥川さんと四天宝寺の遠山が詩織を取り合いしているようである。

「痛い痛いっ、マジ痛いです!跡部様っ、聖書で絶頂の白石さん、助けて下さいー!」

「ちょ、待って?!それもう俺が聖書でそういうことしとるみたいになっとるやん?!」

「うわー、真っ昼間から下ネタ口走んのはやめてくださいー変態部長」

「ちょ、財前ー?!」

……やっぱり相変わらずキャラ濃いよな。
そんなカオスな輪の中に飛び込んで詩織に抱きつこうとした千石さんもアレだけど。しかも氷帝と四天宝寺の忍足さんたちに説教されてるし。
……午後始まってすぐからなんだ疲れる。
これを一週間味わうとか、馬鹿なんじゃないだろうか。


「……つか、なんでいるんだよ?」

「え!見送りにっ……いや、うん、あの、部外者なのは重々承知なんだけど、でも!私がコンクールに出ること決めれたのは皆様のおかげなので!だから、……いってらっしゃいって言いたかっただけ、なんだよ……。うぅ、ごめんね?」

申しわけなさそうにそう言った詩織から慌てて目をそらす。
後ろで亜久津さんがけっと舌打ちして、壇がダダダダーンっと感動したりしているけど、今は冷静に見れない。

「詩織ちゃん、俺、嬉しいC〜!」
「ねぇーちゃん、謝らんでもいいやん!」

無邪気に俺の言いたいことを口にして、詩織に笑いかけた二人に軽く嫉妬した。

……本当は会えてうれしかったし、純粋にコンクールの応援の言葉もかけてやりたかった。
今だって普通に可愛いと思ったんだ。
小首を傾げて上目遣いになってた姿に恥ずかしくて直視できなかったが、出来ることなら頭をなでなでしてやりたい衝動に駆られたわけで。

「ほんま、夢野さんはえぇ娘やなぁ。10こけしぐらいやろう」

「「……オサムちゃん、今のは犯罪の香りするわ」」

四天宝寺のメンバーに総ツッコミされていたが、詩織の頭をごく自然に撫でた渡邊先生にいらっとした。

……あの先生はこれからも好きになれないと断言できる。

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