気持ちはわかる
「……昨日夜遅くまで弾いていたのに、今朝も早くから弾いてるC〜!」

隣で腕を上げ伸びをしたジローは、珍しくはっきりと起きていた。
むしろ、コイツが自然に一人で目覚めたなんて、スコールでも降るんじゃないかと思えるくらいだ。

「詩織ちゃんは偉大やなぁ」

そんなジローを見ながら、忍足がそう言う。
俺は無言でそれに同意していた。

「……今朝は、ワーグナーの曲みたいですね。えっとなんでしたっけ。確か──」
「歌劇ローエングリンの一幕の前奏曲だ。チャップリンの映画、独裁者で有名な曲だから、聞いたことぐらいあるだろ」
「──あぁ、そうか。映画の……」

「へぇ。流石詳しいね、景吾くんは」

鳳の台詞に被せれば、滝が俺の趣味趣向を思い出したように納得していた。

「……ウス、ワーグナーは……跡部さんが……好きな音楽家です」

樺地の説明に宍戸と向日が「うげっ」と嫌そうな顔をしていた。たぶん、歌劇だとか音楽家だとか、あの二人には無縁の世界だからだろう。


「……フン。今回ばかりはジローの気持ちが理解できるぜ」

「Aー?どういう意味〜??」

首を傾げたジローに鼻で笑ってやる。

好きな音楽をアイツ──夢野詩織──が奏でるだけで、こうも気分がよくなるとは思わなかった。
確かにアイツのヴァイオリンの音色には、不思議な力が宿っているらしい。


「くく、なかなかやるじゃねぇの。……おい、樺地。この後の朝食、夢野を俺たち氷帝の席に座らせるようにしろ」

「ウス」

壁打ちを終えてから、すぐに樺地にそう言い指を鳴らした。忍足が「どないしたん、急に」と話しかけてくるが、特に理由は答えない。
それでもヤツが引いたのは、夢野と同じ席で食べることを望んでいたからだろう。


「……跡部さん、監督が呼んでいる見たいですが」

「あぁ、すぐいく」

少し眉間に皺を刻みながら、日吉が俺にそう伝えてきた。
既に眠りに落ちたジローを抱えている宍戸を見てから、俺は頷く。


日吉が無意識に執心しているのはわかりやすいが、どうやら俺も夢野を面白いと興味を惹かれ始めているようだ。

隣にいた滝が愉快そうに微笑んでいたのには参ったが、反応しては負けだと思ったのでスルーすることにした。

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