*逃げ道は虎穴
「……では、お嬢。
アタシは旦那様の使いで、少し出ますが……」
『はい!菊ちゃん、気をつけて行ってきて下さいね!』
離れの玄関先に立つ、スーツ姿の菊ちゃんに笑顔で返せば、菊ちゃんは「はいっ!」と元気よく返してくれた後、ものすごい勢いで「ですがっ!!」と叫ぶ。
「お嬢こそ、奴らにはお気をつけ下さいっ!……何かあれば、すぐにアタシの番号をっ」
「あはー、菊チャン、その問答いつまで続ける気なの」
「そうだぜ、monster!han……honeyのことは安心して俺に任せろ」
「大丈夫。夢子君は僕がきちんと相手しといてあげるから」
「フフフ……。私も仔羊には優しくしますよ?」
佐助さん、政宗さん、半兵衛さん、光秀さんが私の背後でにこやかに言葉を紡がれた。
その瞬間に、菊ちゃんは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた後
「めっちゃ不安じゃ、アホーっっ!!」
大きな声で、関西弁混じりに泣きながら走っていきました。
あまりのそれに、呆気に取られていると、私の右手を半兵衛さんが握られ、居間へと誘導してくださいます。
「……竹中。貴様、焼け焦げたいのか」
居間に着けば、すぐに元就さんがやってこられて、半兵衛さんの手をぺしりっと叩かれました。
「なっ!き、貴様っ」
「煩いわ。貴様こそ、一瞬殺気を放っただろうが!」
「へぇ?そうなのかい、三成君」
「そ、んなことは!半兵衛さまっ」
元就さんの行動に怒った三成さんがソファから立ち上がれば、元就さんが睨み付け、半兵衛さんまで三成さんを鋭い視線で射抜かれて……
あわあわされている三成さんを見ながら、刑部さんが愉快そうに笑われる……
なんだか、いつもの光景になっていました。
「……夢子ちゃん、こっちでお茶でも飲まないかい?」
「ははは、そうだ。そうした方がいい。長くなりそうだしな!」
苦笑していれば、テーブルを囲んでいた慶次さんと家康さんに呼ばれる。
素直にそちらへ向かえば、幸村さんと小太郎さんも席について、お茶を飲まれていた。
『……あ、幸村さん、何を食べているんですか?』
「あ、これは……」
「あぁっ?!旦那ぁっ、それ久本さんが昼過ぎのおやつにって買ってきてくれたやつでしょ?!昼前に食べて……っ!風魔や風来坊も止めてよ?!」
私がもぐもぐと和菓子を食している幸村さんに声をかけたと同時に佐助さんがそう嘆いた。
幸村さんは、既に悪戯が見つかった小さい子のように背を丸めている。
「……(俺はこいつの子守じゃない)」
「あはは!確かに、それは佐助の仕事だよな!」
小太郎さんと慶次さんの言葉に佐助さんが苛立たれたのがわかった。
そしてそのまま幸村さんの説教にシフトチェンジして……幸村さんが泣きそうになっている。
ううん、これもある意味日常的な光景で。
「Ha!!アンタら、本当にわかってねぇな!」
「あぁ、そうだな。政宗の言うとおりだ。お前さんらは、この好機をわかってないっ」
そんないつも通りの賑やかさの中、政宗さんと官兵衛さんが腕を組んで仁王立ちされた。
妙に、嫌な予感がします。
「……おやおや、独眼竜に穴熊、阿呆ですね。こっそり攻めればよいものを……」
クククっと笑われた光秀さんには、失礼かもしれませんが、悪寒が走りました。
「……して、政宗様。一体何のことを?」
台所で洗い物をしてくださっていたらしい、小十郎さんがピンクのエプロン姿で首を傾げられる。
あっ、ちょっと可愛らしい……とか言っている場合じゃなくて
「Hum……、小十郎、俺の言いたいことが、まだわかんねぇのか?」
政宗さんの妖しく光る瞳と視線が絡まって、思わず後ずさりをしました。
「っと。おい、夢子。どこに逃げるつもりだよ?」
『も、元親さんっ?!』
後ずさったはずの私は、屈強な元親さんの腕の中にすっぽりと収まってしまっていました。
瞬時に、ボッと顔面が熱くなります。
「今は菊一がいねぇぞ……?」
「そうそう、久しぶりの幸運だ!」
元親さんが可笑しそうに耳元で囁かれると同時に、いつの間にか近づいてこられていた官兵衛さんが私の頭をなでなでされた。
「monsterがいねぇ今のうちに、久しぶりに俺の魅力を思い出してもらおうか。なぁ、honey?」
『ひぃっ?!元親さんも官兵衛さんも政宗さんもっ、いつも魅力いっぱいですからっ』
甘い声の政宗さんに精一杯首を横に振る。
「まったくよ。貴様らのなど夢子はとっくに飽きたわ」
「本当だよ。この世界で彼女の隣に立ち生きるなら、相応の知恵が必要だろうしね」
『お、二人とも……っ』
鈍い音が響き、解放されたのは一瞬で……私はすぐに左右の腕をがっちりと元就さんと半兵衛さんに掴まれていました。
「なっ、小生は知恵もあるぞ!」
「ヒヒ……、暗よ。ぬしの場合は運がなかろうて。……夢子、我は冬真と気が合うからなぁ。夫には向いていると思うぞ?」
『え!』
まさか刑部さんがお父さんの名前を出してくるとは思いませんでした。
「ははっ、夢子!それならワシも自信があるぞ!強い絆を結べるっこれぞ夫婦……否、家族になるには必要なものだろう?!」
「ま、待て!刑部に家康っ、貴様ら一体何の話を……っ」
家康さんが満面の笑みを浮かべられれば、三成さんがそう叫ばれて……
「何って……みんな、それぞれ自分を売ってるんだよ。この恋を手に入れるためにねぇ」
『ああ、あの』
慶次さんがひょいっと私をお姫様抱っこされたと思えば、チュッと私の額に口づけを落とされる。
「俺も夢子ちゃんがいつでも笑顔でいるようにそばにいるよ?あ、ちゃんと仕事もするし。君のためにふらふらしない」
「っ、夢子っ!わ、私も仕事は真面目にするぞ?!む、寧ろ、その部分では私が一番いいはずだっ!」
『三成さんまで?!』
私が驚愕しているのもつかの間、今度は慶次さんから佐助さんに抱かれていた。
「っていうか。仕事だけじゃあね?さらに家庭的。俺様完璧じゃない?」
「ふん。それならば俺も自信がある。うまい野菜だって作ってやるぞ」
「……(俺の方が猿飛より役に立つ)」
まさか、小十郎さんや小太郎さんまでが、そんな大真面目な顔で参加されるとは……っ
「Ha!!馬鹿が!ここはやはり、bedでのtechnicだろっ」
「それなら、私も自信がありますよ。フフフ」
「ばっ!夢子だって、一度鬼の味を覚えりゃ……俺にメロメロにっ」
『…………っ』
な、なんでしょうか
もう恥ずかしくなって、どこかに隠れたくなってきました。
「…………」
そしてふと、その中でいつもと違い、やけに静かな方に気づく。
幸村さんです。
『……幸村さん?』
逃げるように、皆さんの言い合いから抜け出し、考え込んでおられる幸村さんに近づきました。
すると、その瞬間にカッと幸村さんが目を見開き、私を力強く正面から抱きしめられる。
『っ?!』
「……夢子殿っ、この幸村っ、知恵も柔軟性も乏しく、夢子殿のお父上とも会話が弾みませぬ。その上、この世界での仕事も家事も苦手で……べ、ベッド……うぐ、破廉恥……なことも、まだまだ勉強不足ではありまするがっ」
一度私を離し、真っ直ぐな瞳が私を見つめてきた。
「夢子を愛している気持ちは、誰にも負けぬ!この胸に宿る熱き炎、誰よりも激しく貫いてみせるっ」
『…………』
力が抜けて、私はそのまま床の上にへたりと座り込んでしまいました……。
そしてすぐに皆さんが再び自己主張を始められたのは、言わずもがな……です。
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