君を思う
※死にネタです。
※設定は二年前です。
目の前のキラーは、まるで本当は死んでなんかいなかったんじゃないか、と思うほどいつも通りの状態でにそこに立っていた。
髪に血はついていないし、半分以上斬り込まれたはずの首には傷一つなかったし、体が透けているワケでもなかった。死んだというのは記憶違いなのかもしれない、という希望的観測を抱きかけたおれに、キラーが言う。
「心残りがあってここに来たんだ」
【君を思う】
二日前、キラーが死んだ。その原因が油断なのか、何か疲労がたまっていたからなのか、それとも不意打ちを食らったからなのかは分からないが、キラーは首に負った傷が致命傷となって死んだ。
そんな中おれにとって唯一幸運だったのは、相手が海賊だったことだ。そのおかげで、おれはキラーの死体を発見して弔ってやることが出来た。これが海賊狩りだったらそうもいかなかっただろう。
だから、確かにおれはキラーの死体を見た。キラーは間違いなく死んでいる。そして、本人の言葉からしてもキラーが死んだのだとわかる。
「心残りってなんだよ」
部屋でもなく船員が来る可能性のある廊下で話しかけてきたデリカシーの欠片もないキラーの亡霊に、おれはそう訊ねた。これでコイツが他のヤツに見えなかったら、おれはキラーを失って頭が狂ったなどと言われかねない。
おれの微妙な苛立ちを知ってか知らずか、キラーは言いにくそうに答えた。
「お前が無事かどうか、それを確かめたかっただけだ」
「見ての通り無傷だぜ、お前と違ってな」
「そうか、良かった」
キラーは笑いを含ませた声でそう言った。今まで全く気にしていなかったのに、初めてキラーの表情を隠しているマスクが疎ましいと感じる。一体どんな表情で「良かった」なんて言ってるんだ。
「あと少ししかここには居られないんだ。そういう約束でな」
「……そうか」
数秒の沈黙の後、キラーが言った。
「なぁ、キッド。最期に一つだけ良いか」
「何だ?」
「……おれの事を、忘れないでくれ」
ためらいがちにそう言ったキラーの声は、心なしか震えていた。
「言われなくても、忘れるワケねェだろ……!」
そう言ってキラーの両肩を掴む。こんなにしっかり触れられるのに、キラーは死んでいて、もうすぐ消えてしまうと言う。
掴まれている両肩を震わせてうつむきながら、キラーは震える声で言葉を続けた。
「キッド、おれはな……この世界から消える事よりも、お前の中から消えてしまうことが怖いんだ」
「ああ、忘れねェから」
掴んだ肩を抱き寄せておれはキラーにそう告げた。抱きしめた身体に存在しない体温にキラーの死体を見たとき以上の現実を突きつけられ、おれはこの二日間で初めて涙を流した。
それに気づいたらしく、キラーは苦しげに言葉を発した。
「……本当は、お前の姿を見たら消えるべきだったんだろうな……。でも、おれは……」
消え入りそうな声で「最期に会いたかったんだ」と言った。しばらく何も言わずおれを抱きしめた後、キラーはおれの背に回していた腕を放した。
「そろそろ行かないと」
そう言っておれの身体を押し離れるように促す。それに従って身体を離すと、キラーは落ち着いた様子で言った。
「頑張れよ」
「おう、任せろ」
おれが涙をぬぐってからそう返すとキラーは安心したように笑い声を漏らした。
「じゃあな、キッド」
そう告げるとキラーはおれに背を向けた。いきなり消えるんじゃなく普通に歩いて立ち去っていくキラーを見ながら、今なら止められるんじゃないかなどと弱気な事を考えかけた時、後ろから声をかけられた。
反射的に振り向くとヒートが立っていた。目線からして、キラーの事は見えていないらしい。
「まだ部屋に戻ってなかったんですか?」
「ああ、色々あってな……」
そう言って視線を戻した先に、キラーはもう居なかった。
元々亡霊なんて来てなかったのかも知れない、と思うほどあっさりと消えてしまった。あれがキラーの最期に立ち会えなかった事を悔やむおれの妄想だって可能性は十分ある。
思わず黙り込んでしまったおれに、ヒートは困った様子で声をかけてきた。
「頭……? ……あれ、左手のそれ何です?」
「あ?」
ヒートの言葉に従い左手を見る。すると、偶然かそれともおれが力を込めすぎたのか、おれの指には見慣れた金色が数本まとわりついていた。なぜそれが残っているかは分からないが、確かにキラーはここに居た。
「……」
「……今日はもう部屋に戻るんで、おやすみなさい」
何か感じ取ったらしく、ヒートはそう言って立ち去った。
「……絶対に忘れねェからな」
おれは指に絡んだ髪を解いて掌にのせ、その細い束に口づけた。
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