キラーの家にはいまだに蓄音機があった。
 さすがにレコード式のものだったが、それでも現代に生きる若者であるキッドからすれば珍しいものだった。

「これどういう原理で音が鳴ってんだ……?」
「原理は単純なものだぞ。レコードの溝に沿って針が振動して、それが音になって出てるだけだ」
「お前そういうのどこで知るんだよ」
「祖父の本だ。おれの知識はそれと電子事典から出来てる」

 そう答える幼馴染の勤勉さに感心しつつも、キッドは自分がやることを考えると頭が痛くなっていた。感想文を書くために本を一冊読むだけで疲れる自分には到底まねできない。

「眠くなってきた……」
「クラシックを聴くといつもそうだな」

 幼馴染の音楽の趣味がキッドからすれば教養が高すぎるのは今に始まった事じゃないが、成長するにつれ自分との差は明確になっていた。
 見た目も性格も悪くなく、知識も教養もある幼馴染と、歩けば不良に絡まれる見た目で喧嘩っ早く、本も読まない上に聴く音楽は洋楽メタルという自分は、多分傍からみれば何故付き合いがあるのか不思議なレベルに違いない、とキッドは自覚していた。
 それでも、他人になんと言われようが一緒に居たい。
 ただ、いつかキラーは自分みたいなヤツからは離れていくんじゃないか。幼馴染のよしみで付き合ってるだけかもしれない。

 そこまで考えたら眠気を誘う音楽に苛立ってきて、キッドは椅子から立ち上がりレコードから針を外した。

「まったく……」

 キラーが呆れたようにつぶやく。無音になった部屋ではやけに良く聞こえた。キッドはそれにすら苛立ってキラーを抱きしめる。
 他人なら殴るところだが、キラーに対してはこれが基本だった。キラーもそれをわかっているため、何かイライラしたんだな、とキッドを抱き返して背中を撫でた。

 しばらくして落ち着いたキッドが言った。

「そういやキラー、お前なんか話が有って呼び出したんだろ?」
「ああ、その……大事な話だからちゃんと聞いてほしい」
「おう」

 キッドが返事をすると、キラーは少しためらったあとに言った。

「おれな……お前の事が好きなんだ」

 無意識なのか意識的なのか、キッドを抱きしめていた腕に力がこもる。キッドの方はと言えば、キラーの告白を聞いた瞬間、心臓が高鳴ったのをハッキリ感じていた。
 とりあえず、答えは決まっている。ただ、言いたい事があった。

「それ、おれが言おうと思ってたのによ……」
「……そうだったのか?」
「最近自信無くなってたけどな……お前に似合う男になってからって思ってたんだよ」

 今やっている格闘技はかなりキッドに向いていた。プロの道どころか世界的な大会も十分狙えるレベルらしい。
 だから、そうなってから告白しようと思っていたのだ。

 少ししょげるキッドにキラーが言う。

「お前ほどおれに似合うヤツも居ないと思うけどな」
「そうか?」
「そうだ」

 キッドは外に音が聞こえているんじゃないかという程高鳴る心臓に、さっき蓄音機を止めなければよかったと後悔した。あの眠気を誘う音楽があれば、これも少しは落ち着いていたかもしれない、と。

「なぁ……キラー」
「何だ?」
「絶対幸せにしてやるからな」

 もはや自分でも何を言っているのか分からない状態だったが、キッドの言葉は素直な気持ちだった。
 キラーはそれを聞いて、嬉しそうに「ありがとう」と返した。




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