014


 おれとキラーは恋人同士で、今日はキラーの誕生日だ。
 だから、今日くらいは厄介ごとも無しに一緒に一日過ごしたかったワケだ。

 それにも関わらず、今日に限って厄介ごとが舞い込んできた。ここ数日平穏だったってのにだ。
 何かと言えば、海上で弱小海賊に絡まれた。強風で帆を畳んでたからおれの船とは気づかなかったらしい。
 当然コテンパンにしてやったワケだが、キラーが率先して切り込んで行っちまったのは不覚だった。

 ――つうか、誕生日くらい気ィ抜けよ。何で誰よりも早く斬りこんでんだよ。

 甲板の血を洗い流している船員を壁際に座って眺めながらそんなことを考えてると、キラーがこっちにきた。
 どうも、誕生日にまで掃除するなと追い返されたらしく、おれの横に来るとその場に座った。

「不機嫌そうだな、キッド」
「お前が働きすぎっからだ、ちょっとは休め」
「気遣ってくれてるのか?」

 キラーはそう言って笑った。どうせ珍しいとか思ってんだろうな。
 まぁ、嬉しそうではあるから良いんだが。

「誕生日くらいカッコつけさせろよ」
「なら、もっと行動を早くしなければダメだ。敵は待ってくれないのだから」
「あんなヤツら船員だけでも倒せたぜ?」
「それは結果論だ。強敵の可能性もある」

 そう言われちまうと、反論できない。確かにキラーの言う通りだ。

「でもお前、なら尚更……誕生日に危険に飛び込むことねぇだろ」
「誕生日が命日っていうのも面白いと思うがな」

 縁起でもないことを、キラーは言ってのけた。海賊としてはそれで良いにしても、やっぱりおれとしちゃそうなって欲しくない。

「あと……あれだ、お前に死なれたら作戦練るヤツが居なくなる」
「なるほど、一理あるな……お前達だけじゃ交渉なんかは無理だろうし」
「だろ? だから無茶はすんなよ」

 本当の理由はさておき、居なくなったら海賊団としても困る存在ってのは確かだ。
 キラーはおれの言葉に頷いてから言った。

「だが、お前はおれよりも居なくなっては困る立場だ……それに、おれ個人としても誕生日にお前を失うのは嫌だ」  
「……」
「今日に限らず……お前を失うくらいなら、おれ自身が死んだ方がマシなんだ」

 もう立場とか関係ない言葉を告げて、キラーはおれの手を離すまいとするように握ってきた。

「おれは、お前の居ない世界になんて生きていたくない……でも、お前はそんな事無いだろう? おれと違って、お前自身の夢を持ってる」
「……おう」

 キラーが欲しがっているであろう答えを返す。同意はしたが、本当は半分不正解だ。
 夢がある間は良いかもしれねェが、それが終わった時にキラーが居なかったら耐えられる気がしない。

「お前が死んでも生きてやるけどな……死ぬなよ、キラー」
「分かってるさ。・……あ」

 そう言っておれの方を向いたキラーは、何かに気づいたようにおれの顔に手を伸ばしてきた。
 そしてそのまま目の下に指を滑らせた。武器を着けているってのに器用なもんだ。

「血が付いていたぞ。目には入ってないか?」
「ああ、入ってねェ」
「それなら良かった。病気でも伝染ったら大変だ」

 キラーは指先を服に擦り付け、血を拭った。

「心配しすぎだろ」
「お前だから心配するんだ」
「……そうかよ」

 ここは喜ぶべきなのか? なんかガキ扱いされてる気もするが。

「キッド……おれより先に死なないでくれよ」
「分かってるっての」
「でも……色々と終わって、その後ならおれが看取ってやってもいい」
「何だそりゃ」

 おれより先に死ぬ気なのか後に死ぬ気なのかハッキリさせて欲しいもんだ。ハッキリさせたからどうなるってワケじゃないが。

「志半ばでお前を死なせるのは嫌だってことだ」
「そういうことか」
「もちろん、基本的にはお前より先に死にたいと思ってるぞ。さみしいからな」
「でもお前、一人で居ることが多いじゃねェか」

 そう言うと、キラーは不満そうに返した。

「生きてるのと死んでるのじゃ話が違う。そうだろ?」
「まぁな……何にせよ、おれたちの差じゃどっちが先に死んでもおかしくはねェな」
「どっちが先にボケるかも分からんしな……そうなったら見捨ててくれ」

 どこまでもおれに面倒をかけないつもりみたいだ。聞き入れる気はさらさら無いが。

「……お前だったらどうすんだよ」
「どうして欲しい?」
「生き恥晒したくねェから出来そうなら殺せ」
「そればっかりはその場になってみないとな……」

 拒んだりしないあたりがキラーらしい。

「でも、その時の誕生日までは生きててもらって良いか?」
「おう、それくらいは良いぜ」

 おれがそう返すと、キラーは少し沈黙してから言った。

「……おれも同じ事を頼んでおこうかな。見捨てて何処か行くのは性分じゃないだろう?」
「そうだな……なるべく楽に死なせてやるよ」
「頼もしいな」

 そんな会話をしてると、掃除を終えたらしい船員が声をかけてきた。

「あんたら……誕生日だってのに暗い会話繰り広げすぎですよ」
「すまん」
「謝ることじゃねェだろ、キラー」

 確かにめでたい会話じゃなかったが、本人が謝ってどうすんだ。

「そうっすよ。てか、血も洗い流したし、仕切り直しにしましょうや。酒飲むとか!」
「お前が飲みてェだけだろ、それ」
「ダメっすかね?」

 船員がそう言って頭をかくと、キラーがおれより先に答えを返した。

「いや、良いんじゃないか? 盛り上がってるのを見るのは好きだ」
「お前が良いならイイけどよ……じゃ、始めるか!」
「ヨッシャ! そんじゃ、他のやつにも声かけて来ますんで、先に食堂行っててくださいよ」

 調子良くそう言って、船員は他のヤツを呼びに行った。

「じゃ……行くか」
「ああ」

 おれたちは立ち上がり、先に食堂へ行くことにした。実際、他の船員が居れば賑やかだし楽しい話題が多くなるはずだ。
 向かう途中、おれはキラーに言った。

「そういや、バタバタしてて言い忘れてたな……誕生日おめでとう」
「ありがとうな。でも、歩きながら言う事じゃないだろう」
「うるせェ」

 ――絶対に教えねェ。あの話の後に顔合わせて言うのが照れくさかったなんてのは。





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