右腕が可愛すぎるんだが、
もう俺は限界かもしれない
ある日、キラーはキッドの部屋にくるとおもむろに口を開いた。
「……キッド、聞きたいことがあるんだ」
「なんだよ、唐突に」
「お前は……おれのこと、どう思っているんだ」
表情を読めなくても解るほど緊張しながらそう問われ、キッドはどう答えたものか悩んでしまった。
立場なら頼りになる右腕、もう少し踏み込んだ建前なら友人、本心を述べるとすれば……。
キラーの様子から予想はつくが確証が欲しい、と思いキッドはキラーに聞き返した。
「……お前はどうなんだよ」
「おれは、お前のことはついて行きたい船長で、友人だと思ってる……それに……」
「それに?」
「……とても、好きだ」
緊張した様子でそう言うと、キラーは顔を覆ってうつむいた。顔と言ってもマスクをつけているから隠す意味は無いのだが。
こういうところが可愛いんだよな、とキッドは恥ずかしがるキラーを黙って見つめた。
しばらくその状態が続くと、キラーは沈黙に耐えきれなくなり顔を上げて聞いた。
「それで、キッドはどうなんだ」
「おれも好きだぜ」
「……そうか」
納得したような、不満足そうな反応。拗ねたようなそれすら可愛いと感じる自分に、キッドはそろそろヤバイな、と感じた。
「キッド、もしおれが……いや、何でもない」
「言えよ、気になるだろ」
その言葉に黙って首を振るキラー。キッドは椅子から立ち上がると、キラーの目の前まで行き腕を掴んだ。
「言うまで離さねェからな」
「……」
キラーの反応がない。やりすぎたか、と思ったキッドが手を離そうとすると、キラーは慌てたように言った。
「ま、待ってくれ……言うから」
「……おう」
それは掴んでいて欲しいってことなのか、とキッドはドギマギする。無意識だろう辺りがまた可愛い。
「おれは、お前の友人じゃなくて……恋人、になりたい……」
後半、消え入りそうな声でキラーはそう言った。再びうつむいてしまった。キッドは思わずでキラーを抱き寄せ、そのまま抱きしめる。
「キッド……!?」
戸惑った様子のキラーの耳もとでキッドは言った。
「おれもそう思ってたぜ、キラー」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……そんなワケで付き合い始めたんだが……それ以降も可愛さが増してんだよな。……もう限界かもしれねェ」
「それ言われても……おれにはどうしようもねェって、頭」
ノロケ話の後にそう言われ、辟易した様子でヒートがはそう返した。
「良いから、とりあえず話聞けよ」
「……へいへい」
聞く気のなさそうな返事だが、キッドは気にせず話をはじめた。
「まず、その後に着いた島でいつもみたいに歩いてるだろ」
「そんときゃおれらも居ましたね……何かあったっけ……」
「おう。いつもならすぐ単独行動すんのにずっと居ただろ」
「そういやそうだったなぁ……」
覚えてはいたが、ヒートにはそれと可愛さが結びつかなかった。
「で、何で単独行動しねェのか聞いたら『お前と一緒に居たいから』って答えるんだよ」
「それ、聞かなくても分かるんじゃ……」
ヒートの知る限り、キッドは鈍い方ではない。
「確実に分かってるだろう事を、照れつつ律儀に答えるとこが可愛いんだよ」
「ああ、なるほど……ちょっと分かるかも」
どうやらキッドはキラーの素直な部分に可愛さを見出しているらしい、とヒートは理解した。
「他にも船で酒飲む時、あいつストローで飲んでるだろ」
「はい」
「違う酒飲んでたから分けてくれって言ったらな、グラスだけ渡して来るんだ」
まぁ、普通の事だよなと考えつつも、ヒートは口を挟まず話を聞く。
「そこで、『間接キスとかしてみてェな』って言ったら、『仕方ないな』とか言いつつ照れながらグラスにストロー差して来たのが可愛いかった」
「頭……アンタそんな事してたのか」
「ついな……」
苦言を呈しはしたが、ヒートにも何となくキッドの気持ちは理解できた。普段のキラーはこともなげにストロー付きで渡すタイプに思える分、そのギャップがいいんだろうな、と。
「それで本題だ……」
「限界、ってやつですか」
「……分かるだろ。手出してェけど、反応がいちいち初心で何か後ろめたいんだよ……」
キッドはそう言ってため息をついた。確かに、恋愛ごとに関する反応が下手をすれば思春期未満の相手にそこまで求めるのは悪い気もする、とヒートは頷いた。
「現状どこまで行ったんで?」
「キスまでだ。軽いやつな」
その時の反応を思い出しているのか、キッドはわりと楽しげにそう言った。
「なるほど……でも、あいつだって知らねェってことは無いだろうし、誘っちゃって良いんじゃないですかね」
いくら反応が初心でも、年齢はキッドより上なのだから大丈夫だろうとヒートは思っていた。経験は無くても知識ならあるだろう、と。
「だいたい頭まで奥手じゃ進まねェって」
「まぁな……。そうとなりゃ今日の夜か」
正直期待はできないなとヒートは思った。とはいえ、モーションをかけるだけでも変化はあるだろう。
というか、また愚痴と言う名のノロケ話を聞かされないためにもそうなって欲しい。
「がんばってくれよ、頭」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「キッド……一緒に寝たいのか?」
キラーをベッドに押し倒すと、平静を装いながらそうきいてきた。だが、明らかに慌てているのはキッドにも伝わった。
さすがにそういう事に疎いわけじゃないらしい、とキッドはホッとした。
「ちげェよ……分かってんだろ」
「それは……その……準備とか、色々あるだろう」
そう言って、キラーはキッドの身体を押しのけようとする。しかし、その腕に力が入りきっていないのが余計にキッドを煽った。
「じゃあそこから手伝ってやるよ」
「なっ……!? お前そんな趣味が……?」
ややヒき気味にキラーが言う。
「いや待て、違う。そんな趣味はねェよ」
キッドは強めに否定した。勘違いされたら色々と困る。
「なら良かった……。でも、まだ心の準備が……」
困りきった声でキラーはそう言った。嫌と言うよりは、本当に心の準備が出来ていないだけのようだった。
「……だよな」
身体を離して座ると、キラーは起きあがって言った。
「だから……その……今日は他の事に、しないか」
「他の?」
「お前も溜まってるんだろうし、何もやらないのはダメかな……と思うんだ」
「キラー……お前って奴は……!」
一回拒否してからそういうこと言うのはズルいだろ、とキッドは思わずキラーを抱きしめた。具体的に何をするのかはおそらく分かっている。なのに口に出して言えない辺りがまた可愛かった。
抱きしめたまま、キッドはキラーに言った。
「とりあえず、やってみろよ」
「あ、ああ……」
身体を離しすと、キラーはマスクを外した。
ベッドサイドにマスクを置いて、キラーが言った。
「……キッド」
「何だ?」
「先に……キスを、したい」
顔を赤らめながらそう言ってきたのすら、今までを考えれば大きな進展だった。キラーからキスを求めてくるのは、これが初めてなのだ。
とはいえそれは、キラーが切羽詰まっているのを表しているようにも思えた。
「……キスだけでも構わねェから、無理すんなよ」
キッドはキラーの頬に手を添えてそう言った。
「だが……」
「処理くらい一人でも出来んだし、気にすんな」
その言葉の後、キッドは唇を重ねた。舌をのばすと、キラーは口を開いてそれを受け入れた。
後頭部を押さえて、キラーの舌を捉える。
「ん……ぅ」
キッドが舌を絡めると、キラーも必死にそれに応じた。慣れない感じが可愛くて、キッドはやっぱり今日はこれで終わらせようと決意した。
もっとこの初心な感じを楽しみたいと思ったのだ。
キスを終えると、キラーは呼吸を整えながら言った。
「それじゃあ……頑張るな」
「いや、やっぱ今日はいい」
「え……何でだ?」
キッドの方から制止され、キラーは不安げにそうきいた。
「何でって言われてもな……」
言えばキラーのプライドが傷つきそうだ、とキッドは言うのをためらう。
「やっぱり、おれみたいに不慣れヤツじゃ、ダメ……なのか……?」
キラーはそう言って落ち込んだ。キッドはそれをみて、上手い言い訳考える前に、口が動いてしまった。
「お前ホント可愛いな……!」
そう言って抱きしめられ、キラーは混乱と恥ずかしさで心臓が苦しいくらい脈打つのを感じた。
「き、キッド……」
キッドは抱きしめたままキラーの耳元で言った。
「どうしてもってんなら、今日はキスの練習しようぜ……上手く出来るようにしてやるよ」
「っ……」
緊張でキラーの精神はついに限界に達し、目から涙が出てきた。
それに気づいたキッドは、さあわてて身体を離す。
「泣くことねェだろ」
「ち、ちがうんだ、緊張、しすぎて……嫌とかじゃ……っ」
「分かってるから落ち着け」
そう言ってキッドがキラーを撫でると、だいぶ落ち着きを取り戻した。
「すまない……おれの方が歳上なのに、こんな……」
「それが好きなんだから、気にすんな」
「……分かった」
やや腑に落ちない様子なのは、一応歳上としてのプライドがあるからなのだろう。
やっぱりそこは気にすんのか、とキッドは苦笑いした。
「とにかく、今日はもう寝ようぜ」
「ああ」
キラーがベッドから降りようとするのを、キッドは手首を掴んで留めた。
「一緒に寝るくらいは良いだろ?」
「……でも、狭くないのか?」
「近づけば問題ねェよ」
キッドのベッドは、普通に並んで寝るには狭いが、抱きしめて寝る程度のスペースはあった。
つまりは、そういう事だ。
「……そう、だな。添い寝くらいは出来る……」
「よし。じゃあそこに寝ろ」
「ああ」
キラーがぎこちない様子でベッドに横になる。少し端に寄りすぎているが、抱き寄せれば問題ないな、とキッドも横たわった。
グイっとキラーの肩を引き寄せ、腕の中におさめる。
「き、キッド! やはり近すぎる……!」
「いいから大人しくしてろよ。抱き枕になったとでも思っとけ」
「わかった……。抱き枕……おれは抱き枕……」
自己暗示をかけるようにキラーがそう呟く。自己暗示としての効果はともかく、キッドの理性を削ぐ効果は間違いなくあった。
「……寝れねェから、それやめろ」
「すまん……」
指摘すると、キラーは口を閉じた。自己暗示が効いたのか、少し落ち着いたようだ。
キッドは、削られた理性を保つため考えごとを始めた。といって、考えるのはキラーのことだったが。
この関係になる前のキラーは、キッドにとって『冷静で頼りになる右腕』だった。なのに、今となっては『頼りになるがとにかく可愛い右腕』になっている。
そこまで考えて、キラーにとっての自分にも変化はあったんだろうか、とキッドは気になった。無かったら無かったで悲しいものはあるが、聞いてみたくなった。
「なぁ、キラー」
「どうした……?」
「お前にとってのおれって、付き合う前と後で何か変わったか?」
キッドが聞くと、キラーは少し考えたあと答えた。
「お前は、付き合う前も付き合ってからも、おれの道標だ。それだけは変わらない」
「……」
「……でも、おれに対して少し優しくなったな。前と比べて」
小声で少し嬉しそうにキラーがそう言うのを聞いて、キッドは加護欲が高まるのを感じた。
「それでも、いざって時は優しくしないでいいからな……お前は自分を優先してくれ」
「……わかった」
抱きしめる腕に力を込める。それは、夢もキラーも離さないという決意を込めたものだった。口に出した答えとは裏腹に、いざという時見捨てる気などさらさらなかった。
「それなら良かった……おやすみ、キッド」
キラーは話していたらいつもの調子に戻ったのか、眠たそうにそう言った。
「おう、おやすみ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「添い寝までいくとは……」
キッドが昨晩の事を掻い摘んでヒートに報告すると、驚いたような反応を返された。
「意外だったのか?」
「まさかキラーがそこまで受け入れるとは思ってなくて」
「お前な……いくら初心って言っても、そこまでじゃねェだろ」
そう言いつつも、キッドはヒートの言葉に同意だった。
寝る前の言葉からして、キラーは今より深い仲になることを恐れている。万が一にも、キッドの中で最優先になるのは嫌なのだろう。
正直、あり得ないとは言い切れなかった。今のところは自分より優先とはいかないが、ほぼ並んでいるのは確かだ。
一番守りたいものがキラーになった時、それを抑えられる確固たる自信はない。
うつむいて悩んでいる様子のキッドに、ヒートが言う。
「まぁ……頭に後悔して欲しくねェのはおれたちも、キラーも同じなんだと思う」
「……おう」
「だから、キラーは頭に夢を追ってもらいてェんだろうなァ……」
ヒートの言葉で、キッドは決心した。
「……ヒート」
「へ?」
突然顔を上げたキッドを、ヒートが驚いたように見る。それをよそに、キッドは断言した。
「おれはもっと強くなる。おれ自身もキラーも守れるくらいにな」
「……そっすか」
結局ノロケ話かと呆れかけたヒートに、キッドが言う。
「もちろん、お前らもな」
「頭ァ……!」
感激したヒートは、思わずキッドに抱きついた。
身長差のためしゃがむ動作が加わったのが気に食わず、キッドはとりあえずデコピンをかましておいた。
後日、そのやり取りを見て何かを勘違いした船員がキラーにそれを伝え、隠しきれないヤキモチがキッドにぶつけられるのはまた別の話。
【後書き】
なじゅらさん、リクエストありがとうございました!
カップリングはキドキラ、タイトルは『右腕が可愛すぎるんだが、もう俺は限界かもしれない』でした。
個人的な萌えですが、恋人としての自分と船員としての自分の立ち位置で悩む恥ずかしがり屋なキラーが可愛すぎてユースタスが羨ましいです。
だから、ハプニングが起こればいいよ。最終的に和解するの前提で。
というわけでラストのアレです。優先しなくていいと言った手前、文句言っていいのか悩むキラーも可愛くていいと思います。
好きなようにという事で個人的な萌えをキラーに詰め込み過ぎた感がありますが、喜んでいただければ幸いです!
良いなと思った方は是非→ 拍手
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