温度
本日は熱帯夜。クーラーも壊れ、掛け布団がベッドの下に落下する程の暑さである。
そんな中、キッドはキラーを抱きしめて眠っていた。この状態は明らかに暑さを増長している。抱きしめられているキラーにとっても同じことのはずだ。
それにも関わらず二人が抱き合って寝ているのは、夜にやっていた心霊特集が原因だった。
内容は使い回しがほとんどで、心霊系DVDを好んで観るキッドにとっては、大して怖いものではなかった。
だが、普段から家鳴りですら幽霊じゃないかと怯えるレベルで心霊モノが苦手なキラーには、それでも十分怖かったようだった。
ただ、それでキッドに添い寝を頼むほど臆病というわけではない。普段なら、怖いと言いながら布団に潜る程度だ。
問題は番組のラストで扱われたビデオだった。よくある、流した後に「このビデオを見た人は〜」と呪いにかこつけた失踪話なんかを語るタイプのものだ。まず実話ではないため、キッドは軽く受け流す。
だが、先述の通りこういうノリに慣れていないキラーは真に受けてしまった。
「キッドが居なくなったらおれは……」
「あんなのテレビ局の作り話だから気にすんな」
大雑把にいうなら、映像は女の幽霊が映っているもので、『この映像をカップルで見ると、夜、この霊に男性が連れて行かれる』というオマケつきだった。しかも、そうならない為には、この暑い日に抱き合って寝る必要があるというのだ。
普段ならばクーラーも有るため、キッドからすれば大歓迎なのだが、今日はそれが故障している。
「本当かもしれないじゃないか……おれが連れて行かれる可能性もあるし」
「ああ……まぁ、な」
キッドは、あまりに不安がるキラーがいい加減かわいそうに思えてきた。まして、苦手なのを知りつつどうしても観たいと押し切った手前、あまり強く断れない。
「だから頼む……」
「……」
キッドは悩んだ。もちろん、呪いを信じたわけではない。
ただ、先述の通りキラーがかわいそうだと思っていたし、添い寝なんて基本的にする機会がない。部屋の気温は30度付近、湿度も高い。だが、それを考慮しても拒否する気が薄れてきていた。
とはいえやはりこの暑さは問題だ。何かあってからではマズイ。たとえば、熱中症になったりとか。
そんなキッドの気持ちを知ってか知らずか、キラーは追い打ちをかけるように涙目で言った。
「お前と離れたくないんだ……」
「よし。いいぜ」
キッドは悩むことを放棄した。
そんな経緯で、キッドはキラーと添い寝することになった。と言っても、我に返ったキラーの提案で、「男同士だから手をつなぐ程度でも大丈夫だろう」という方針に落ち着いたのだが。
「それじゃ、おやすみ」
「おう」
そう言ってから数分もすると、キラーは眠りについたようだった。安心しきった寝顔だ。それを眺めるキッドのほうは、どうにも眠れずにいた。
手をつないでいる上に寝顔が視界にはいるせいで、寝付くには心臓がうるさすぎたのだ。
「……」
キッドは、あまりに気持ち良さそうに眠るキラーを見て、こいつも不眠に巻き込んでやろう、と思った。方法は、当初の予定通りキラーを抱きしめて、暑さで起こしてやろうというものだ。
実行に移そうと手を離す。すると、ぐっすり眠っていると思っていたキラーが起きてしまった。
こいつは野生動物か何かか。そんな事を考えながら驚くキッドの姿を目に捉えると、キラーはほっとしたように言った。
「良かった……居た」
そう言って笑むキラーに、キッドは最近で二番目くらいにときめいた。ちなみに最近一番ときめいたのは、酒を飲んだ時に気の抜けた笑顔で「好きだぞ」と言われた時だ。キッドはそんな事を思い返しながら、どうも自分はキラーの笑顔が好きみたいだと、自覚した。
キラーの方は、黙ったままのキッドが心配になったらしく、身体を起こして彼の目の前に手を伸ばした。手をひらひらと動かしながら、「キッドだよな?」と不安げな声を出す。
「ああ……おう」
「ホッとした……何かに取り憑かれたかと思ったぞ?」
「お前な……」
キッドは呆れた様子を示してから、やるなら今だ、とハッとしたようにキラーの背に手を回した。少し唐突だったが、安心した直後のキラーは普段よりガードが緩いため、特に拒まれる事はない。
「やっぱり手をつなぐだけじゃ不安だろ?」
「ああ、確かにそうだな」
適当に言い繕ったキッドの言葉にキラーは頷いた。気温は相変わらず高いのに、キラーから伝わる熱はキッドにとって心地いいものだった。心拍数も意外と落ち着いた。
キッドはキラーを抱きしめたまま、身体をベッドに横たえた。それに引っ張られる形で、キラーも横になる。
キラーは顔を赤らめつつ、キッドを気遣うように言った。
「暑くないのか……?」
「平気だから気にすんな」
「そうか、なら良かった……おやすみ」
そう言って、キラーは目を閉じる。恥ずかしいから早く眠ってしまいたいのだろう。
「おう、おやすみ」
キッドはそう返して、キラーの前髪に軽くキスしてから目を閉じた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌朝、キッドは暑さで目を覚ました。そして、キラーが腕の中に居ない事に気づく。
逆だったら大層慌てただろう。だが、キッドはそもそも呪いを信じていないため、キッチンから聞こえる音に気づく程度の余裕があった。
ベッドから降り、すでに畳まれている掛け布団をベッドに置いた。部屋から出てリビングに出ると、キラーが挨拶してきた。
「あ。おはよう」
「おう、おはよう」
「いま起こしに行こうと思ってたんだ」
そう言ってから、キラーはテーブルに目玉焼きを置いた。
「そりゃ、タイミングが良いな」
「ああ」
今の落ち着いた様子のキラーと、昨日の幽霊番組をみて慌てていたキラーはあまりにかけ離れている。もしかして、昨日のあれは夢だったのか、とキッドは考えた。
だが、ベランダにキラーの布団一式が干されていないから、やはり現実だったんだろう、と結論づける。干すのが楽だから、と布団を使ってるキラーが、干さずに押入れにしまうはずがない。
とりあえず、昨日の件について話題を振ってみる事にした。
「結局今日は幽霊来たのか?」
「……! その話はやめてくれ……」
頬を赤くしながら、キラーがそう言った。やはり相当恥ずかしかったらしい。キラーは椅子に座ると、立ったままのキッドに言った。
「とりあえず冷める前に食べよう。な?」
「仕方ねェな、わかったよ」
年上には思えねェな、などと失礼なことを考えつつキッドはそう返した。機嫌を損ねない程度に、少し角度を変えた話題を振る。
「それはともかく、また添い寝してェ」
「……クーラーも今日の夜までには直るだろうし……いいぞ、たまになら」
ややためらい気味だったが、確かにキラーは「いいぞ」と言った。ためらう理由が恥ずかしいからなのか、布団派だからなのかは分からないが。
いずれにせよ、キッドは呪いではなく幸運を運んできた幽霊に密かに感謝した。
数日後、心霊写真を撮ってしまったとキラーがキッドに泣きつくのはまた別のお話。
【後書き】
名無しさん、リクエストありがとうございました!
カップリングはキドキラ、タイトルは『温度』で、内容指定は幽霊を怖がるキラーの話でした。
心霊モノの呪いを真に受けるキラーを書きたかったので、現パロ同居設定です。普段はキラーが寝た後にひっそり見てるんじゃないかな、多分。
オチの部分は、心霊写真に見えるけどただの目の錯覚っていうアレです。呪いの件で過剰反応してたら可愛いな、と。
気に入っていただければ幸いです。
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