鉋
近頃、おれが船員と話してるといつの間にかキラーが居なくなってる事が増えた。
必要な時は話に加わるし問題はなかったが、それでも、前と違うキラーの態度に戸惑った。
前ならおれが船員と話してればそこに加わってきて楽しげに話してたんだが、何かあったのか。
船員と話さないって事はないし、理由は全くわからない。
そんなことが続き、今日もおれが船員と雑談していると、案の定キラーが居なくなっていた。昨日より早い。
船員の話を聞き流す形になりながら、おれは思わず顔を顰めた。
「どうしたんですか、頭」
「いや……」
キラーが何処かに行ったのが気になった、なんて言えず口ごもった。
おれとキラーの関係を考えたって、さすがに過干渉すぎる。
そう考えて、キラーがいた方から目を離す。
「……なんでもねェよ」
「よかった、なんか変な事言っちまったかと……!」
船員は安堵したように言った。何を言ってたのか思い出そうとしたが、キラーが居ない事に気づいた後の話は思い出せなかった。
何はともあれ、次にキラーと話す時に、居なくなった理由を聞く必要がありそうだ。
だがその日、キラーは日が落ちても戻って来なかった。どうやら島の方に行ったらしい。
それにしても単独行動の時に、日が落ちるまでおれの所に帰って来ないなんて事は今までなかった。
――まさか。
脳裏には最悪の事態が思い浮かんだ。
最終的に、数人の船員と船医を連れてキラーを探しに行く事にした。
一時間くらい探したところで、船員が何者かに身体中を切りつけられて死にかけているキラーを発見した。
「っ……キラー!」
周囲に犯人らしき人物はいない。おれはすぐにキラーへ駆け寄り抱き上げた。
返事はなかったが、微かな胸の上下と体温から死んでいない事はわかった。
「おい! 早く治療しろ」
「は、はい!」
おれが指示する前に準備を進めていた船医が、キラーの治療を始めた。
船医は処置をしながら、出血量が多いから、この処置を終えたらすぐに帰って輸血する必要がある、と告げた。
「ああ……おい、お前は先に帰って該当者集めとけ」
「は、はい!」
ついてきていた船員の一人に命じると、返事をして走って行った。
応急処置の最中、船医は数度不思議そうな顔をした。
気になったものの、問い詰めて時間を取らせるのは得策じゃないだろう、と黙っておく事にした。
その後、船に帰り輸血を含めた全ての処置が終わると、船医がおれをに声をかけてきた。
「頭、ちょっといいですか。……ここじゃ話しづらいんで、廊下で」
「……おう」
キラーが目を覚ますまでそばに居たかったが、話を聞くため廊下に出た。
船医が言いづらそうに言う。
「手当ての途中に気づいたんですけど……キラーの傷……どうも、他人がつけたんじゃないみたいなんですよ」
「……どういう事だ」
そう返しながらも、言いたい事はわかってた。だが、認めたくなかった。
「……自分でやったんじゃないか……って事です」
「……」
おれは言葉を返せなかった。
様子がおかしかったとはいえ、知る限りではキラーは自傷行為や自害に走るような性格じゃなかった。
あくまでも、知る限りではだが。
しばらく沈黙が続き、ようやくおれは口を開いた。
「……キラーはおれが見張る」
「まぁ……多分、それがいいですね」
心配そうにしながらも、船医はそう返した。
多分、コイツも最近のキラーの異変に気付いてはいたんだろう。
「……じゃあ、とりあえず飯食って来いよ」
「はい。なんかあったら呼んでくださいよ、頭」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
おれはボンヤリと意識を取り戻した。何をしたかは覚えて居るし、生きているということは、治療されたのだろう。
今はどこにいるのだろうか。目は開けずに音と皮膚の感覚で周囲の状況を探る。
波の音。船の上だ。
聞きなれた、毛皮のコートが擦れる音。キッドだ、と確信する。
他の人間がいる様子はない。
傷の辺りには包帯。頭の下と身体の下のやわらかさから、ベッドだと判断する。
マスクは外されている。つまり、自室か医務室だ。
ただ、ベッドの感触が自室のそれとは違うから、医務室だと確信した。
そこまで把握したが、おれは目を開けなかった。
それは、もうしばらくキッドに心配して欲しかったからで、それは今回こんな事をした理由でもあった。
端的に言えば、おれはキッドが自分以外の人間と関わる事に嫉妬していた。
キッドが自分以外と関わる度に、まるで木材が削られるようにおれの心は削れていった。
ただ、おれの心という木材は中がドロドロに腐っていたため、支えていた表層がなくなった途端に崩れ落ちた。
――最低だな……幻滅されそうだ。
そう思うものの、おれはやはり目を開ける気にはならなかった。
おれが意識を取り戻した事など知らないキッドが呟く。
「……腹減ったな」
まさか夕飯も取らずにここに居るのか。そう考えると、キッドには悪いが嬉しい。
その程度には気にかけてもらえていたんだ。
「キラー……早く起きろよ……」
キッドはそう言った後、おれの胸元に頭をのせてきた。案外重い。
しばらくして、キッドが呟く。
「……一応生きてるな」
生きてるが胸の上の重みのせいでやや呼吸が苦しい。
目を覚ますなら、今がちょうどいい頃合いだろう。
「っ……キッド……?」
「! 起きたのか、キラー!」
我ながら白々しいなと思ったが、キッドはのせていた頭を離し、狸寝入りを疑う事なくおれの覚醒を受け入れた。
嬉しそうな表情に、思わず頬が緩んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
キラーが目を覚ました。
おれを見て笑顔になったキラーをみて、おれはいろいろと安堵した。
「お前、どうしてこんな……いや、今は良い」
つい問い詰めそうになったが、おれはなんとかそれを押し込める。
理由はともかく、本当に大丈夫なのか船医に診てもらおうと思い立ち上がった。
「……! 行かないでくれ……!」
叫ぶようにそう言って身体を起こし、キラーがおれの腕をつかんだ。傷の事など忘れているような勢いだった。
予想外の行動とあまりに悲しそうな表情に、おれは困惑して立ち止まった。まだ傷は痛むはずだ。
「っ……ぅ」
案の定傷が痛んだらしく、キラーが呻く。だが、手を離そうとはしなかった。
「お前、どうしたんだよ……」
戸惑いながらキラーにそう訊くと、今にも泣き出しそうな顔でキラーが言った。
「……寂しかったんだ、おれは、お前が離れてしまって……」
「離れたって何だよ……離れてたのはお前の方……」
言いかけて、おれはしまったと口を噤んだ。事実は何にせよ、寂しかったのが今回の動機なら、ここで否定するのはまずい。
が、しっかり理解したようで、キラーはついに両目から涙を零してしまった。
手に力を込めすぎたのか、腕の包帯に血が滲んでいるのが余計に痛々しい。
おれは少し力のゆるんだキラーの手を掴んでそっと引き離した。
「……後でゆっくり聞いてやるよ。とりあえず包帯もらってこねェと」
「ああ……」
意外なほどに淡々とそう答えた。本人も無意識に涙が溢れているようだ。
――これは相当ヤバイ。
おれはそう確信した。
部屋に戻ると、キラーは腕の包帯を解いていた。
血がじわじわと傷口から溢れ、ぽたりと布団の上に落ちた。
「あ……。すまない、汚してしまった」
気まずそうに笑いながらいつもの調子でそう言って、キラーは傷口を手で押さえようとした。
おれはすかさずもらってきた布をキラーに差し出す。
「布もらって来たから使え」
「ああ……ありがとう」
差し出した布を受け取り、キラーは腕の傷口に当てた。
おれはまだしばらく使われないだろう包帯をベッドサイドにおいて、キラーに訊いた。
「それでキラー……寂しかったってのは何だよ」
「……勝手な事なのは分かってるんだ。なのに、思わずあんな事を……探して欲しかったのと、探してもらえなければ、死ねると思って」
とても苦しそうに、キラーはそう言った。直接の答えにはなっていないが、なんとなく理解する事は出来た。
「探した上で死んでたらどうすんだよ……」
「その時は、おれはお前のそばにいるべきじゃなかったって事だ」
確信めいた言い方で、キラーはそう答えた。
「なら、もうこんな事すんな。そばに居ても良いって分かっただろ」
「……ああ」
おれの言葉に、キラーは嬉しそうな表情で返した。
おれは、どうしてこうなるまで気づけなかったのかと己を責めた。
言われれば、昔からの付き合いだからと多少優先順位を下げていた部分もあったな、と思い返す。
――これからはもっと気にかけてやらないとな。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
寂しかった、なんてオブラートに包んだような理由を告げて、我ながら詐欺師のようだと思った。
本当は、キッドを独占したいとか、自分以外の誰とも関わらないで欲しいとか、そんなドロドロに腐った独占欲が原因だと言うのに。
それに、離れていたのはおれの方だと言うのも尤もな意見だった。キッドから見れば、間違いなくそうだろう。
分かった上で、口を噤んだキッドの罪悪感を利用した。
思った通り、おれが泣いたら心配してくれた。キッドは多分、無意識に流れた涙だとでも思ってくれてるんだろう。
本当に、我ながらクズみたいな女々しさだ。
――いつから、こうなったんだ。
自分でも分かるほど、おれは変わっていた。それを自覚した上でも修正出来ないほど、根本的に。
思い返すと、それはおれがキッドに自分の気持ちを告げた後からだった気がする。
「なぁ、キッド」
「どうした?」
キッドが気遣う様子でそう訊いてきた。
コイツに想いを告げた時の『おれ』が望んでいたのは、こんな関係だっただろうか。
「……おれは、死んだんだ」
「何言ってんだよ。生きてるだろ」
キッドが困惑した様子でそう言った。
「いや……」
キッドの知っている『おれ』は死んだんだ。
心の表層の削りカスすら、自ら流した血で流れていって、もう殆ど残っていないのだから。
俯いていると、キッドが言った。
「お前、もう一度寝とけ」
「そうだな……」
そう返して横になる。キッドに無造作に頭を撫でられながら、おれは再度目を閉じた。
血はまだ腕からじわじわと染み出している。
次に起きた時、『おれ』はもう残っていないだろう。
【終】
【後書き】
おるごんさんからのリクエストでキドキラでした。
タイトルは辞書から『鉋(かんな)』です。
話の方向性のリクエストもいただいたので、タイトルを組み込みつつこんな感じに……。
肉体的に死にかけて精神的に死んだキラーですが、どうでしょうか。
おるごんさん、リクエストありがとうございました!
良いなと思った方は是非→ 拍手
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