013_1
※幽霊苦手なキラーの話です。
誰にも言っていないのだが、実はおれは怖い話が苦手だ。
怖い話と言っても、怪物や妖怪の類の倒せそうなものについての話なら平気だ。
しかし倒す手段のない幽霊系統の話は、聞くと不安で眠れなくなる程度には苦手だ。一方的に呪われたりしたら終わりじゃないか。
これはキッドにも明かしていないし、できる限り平静を装っているから、バレてはいない。
本来ならそれで良いのだが、今日はそれが災いした。キッドの気まぐれで開かれた恐怖話大会なるものに参加する羽目になってしまったのだ。
もちろん有志参加だが、残念ながらおれはキッドから「興味が無くても参加しろ」と言われてしまった。
とはいえ、ほとんどのヤツが何処かの島で聞いたという怪物の話をする程度だったから、おれも特に問題なく参加する事ができた。
しかしそんな中、一人の船員が昨日体験した出来事について話し始めた。
「昨日の夜、見張りをしてた時の話なんすけど……」
話はこうだ。
昨日見張りをしていたら、船の上に見慣れない女が甲板に立っていた。密航者かと思い、急いで甲板に降り声をかけようとした。
すると−−
「肩に触れるか触れないかの所で、その女が消えたんすよ……」
その言葉に、船員がどよめいた。
といってもほとんどは恐怖ではなく、面白い話を聞いたという意味合いの様だった。
おれはそれとは逆に、次回の見張りが憂鬱で仕方なく、幽霊以外の可能性を考察していた。
そんなおれをよそに、キッドが言う。
「今日も出ると思うか?」
「出るんじゃないっすかね、海上じゃなくて甲板だったし」
そうとも限らないだろう。
ちょうどいつも霊の出る所に船があったからたまたま甲板に居ただけかもしれない。
あと浮遊霊ならもう何処かに行ってるだろう。
だいたい女を攫って殺したりしたならともかく、そんな事はしてないはずだ。
だから大丈夫だ、多分大丈夫。
そんな事を考えていると、船員と話していたキッドが話を振ってきた。
「お前は興味ねェのか? キラー」
「!? ……ああ、無いな。見に行くなら止めないが」
「じゃあ行くか。お前も来いよ」
どうしてそうなる。
興味ないって言ってるじゃないか。
とはいえここで下手に拒否したら怖がっていることがバレかねない。
上手い言い訳は無いか。
「……」
「……おい、どうした?」
「……いや、何でもない」
まずい。
完全に変だろうこれは。
「もしかしてお前……」
「何だ?」
バレた……これは間違いなくバレた。
「もう眠てェのか?」
「……あ、ああ」
そうくるか。
確かにもうそんな時間だ。
しかし、キッドはともかくほとんどの船員は気づいたようだった。
この場に居ない船員に言いふらす様なヤツらじゃないが、本気で恥ずかしい。
色々な理由で、一刻も早くこの場から離れたい。
「……そう言うわけだから、おれはもう」
「まァ、甲板見に行くだけだしついて来いよ」
無遠慮にそう言い放つ。珍しく気遣ってきたと思ったが、所詮はキッドか。
「頭、無理させちゃダメですって……」
明らかに気を遣った様子で一人の船員が言う。
完全に気づかれたなこれは。
−−死にたい。
軽々しく言うべきじゃないのは分かるんだが、今だけは言わせて欲しい。恥ずかしすぎる。
「そうか? じゃあ仕方ねェな……先に寝ろよ」
不満げながらもキッドがそう言ったので、おれはそうすることにした。
部屋に向かう途中、さっきの話が気になってふと甲板の方を見た。
すると、しまっている扉の手前におそらく例の幽霊が立っていた。
白っぽい服とボサボサの黒髪で向こう側が透けて見える、そんな女はこの船には居ない。
おれは、恐怖のあまり頭の中が真っ白になった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
気がつくと、おれは自分の部屋の中に居た。
あの後どういう行動をとったのかは分からないが、上手く逃げられたらしい。
とりあえずマスクを外してベッドに向かう。
−−叫んだりしてないだろうな……。
もし驚いて叫んでたりしたらもう外に出たくない。
頭を抱えて悩んでいると、甲板の方から叫び声が聞こえた。
「……」
おれは何も聞いてない。仮に何かあったのだとしても、何もできないし見捨てるしかない。
そう自分に言い聞かせつつ寝床に入ろうとすると、また叫び声が聞こえた。
よく聞けば船員じゃない。
−−女の叫び声だ。
一体何をしているのか分からないが、女といえばあの幽霊しかいない。
あれが幽霊じゃなかった……というのは透けていたからあり得ないだろう。
なら、あいつらは幽霊に対抗している……とでもいうのだろうか。
「……」
何だそれは。この船には幽霊を払えるような聖職者も霊媒師も居ないぞ。
それともまさか、実はそういう家の出のヤツがいたのか。
何にせよおれの知る範囲で答えは出せそうになかった。
しばらくすると叫び声が止み、やや興奮した様子で船員達が部屋に戻っていく声が聞えた。
「さすが頭だよな!」
「頭がいれば負ける気がしねぇよ!」
などという会話をしている。
どうやら「キッドが幽霊を倒した」らしい。
なんだそれは。逆にキッドが怖いレベルだ。でもさすがキッド、頼りにはなる。だがやはり凄すぎて怖い。畏怖というやつなのか。
そんな事を考えながら布団に潜った後、しばらくして誰かが部屋に入ってきた。
そういえば鍵を閉め忘れていた。マスクを外しているから様子を伺うわけにもいかない。どうしたものか。
困りつつ布団に潜ったまま寝たふりをしていると、相手が声を掛けてきた。
「……おい」
「……キッド……? どうした?」
声の主がキッドだったため、おれは布団から頭を出した。
「お前、本当は怖かったんだろ」
「そんな事は……」
「あのな、鍵かけられる部屋で布団かぶってるヤツが何言っても無駄だろ」
それを言われてしまうと、言い訳のしようがない。事実、普段は布団に潜る事などない。
「……船員の手前、言い出せないだろう」
「それな、おれ以外殆ど気づいてたみてェだぞ。叫んでから走る音も聞こえたしな」
「そうか……」
やはりあの時叫んでしまったのか。
おれはあまりの恥ずかしさで枕に顔を埋めた。腰をひねる体勢になるから少し辛いが、恥ずかしさが勝った。
「……消えてしまいたい」
「気にすんなよ……一つくらい欠点あったって良いだろ」
「この欠点は……恥ずかしい……」
普通に生活してる人間ならともかく、海賊としてそれなりに恨みを買いそうな生き方をしているヤツが、幽霊を怖がっているなんて。
顔を伏せたままにしていると、キッドが頭を撫でてきた。
「また出たらおれが追い払ってやるよ」
「……ものすごく説得力はあるな」
「だろ?」
曲がりなりにも年上なのに情けない。だが、キッドは船長なのだし甘えてしまおうか。
「なぁ、キッド……」
「なんだ?」
「しばらく、お前の部屋で寝て良いか……?」
(続く(予定))
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