003
※既にキッドが死んでいる設定です。
配慮無く言ってしまえば、狂っていた。
一体何があったのかは分からないが、発見した時にはすでにそうだった。
何を訊いても明確な解答はなく、情報は得られなかった。
おれが知っているのは、ユースタス屋が死んでいるという事だけだ。
それも風の噂程度の情報だったが、この状態を見る限りは正しいようだった。
ただ、それを告げたところで、受け入れられるような状態にはとても見えなかった。
色々確認した結果、殺戮屋の記憶はユースタス屋を失う少し前で止まっているようだった。
隙あらばユースタス屋を探そうとするため、仕方なく手錠でつないでおいた。
万一にも船外へ続く扉をあけられたらまずい。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
しばらく経っても記憶が戻る徴候は見られなかった。
むしろ、記憶と現実の差異に適応していっているようだ。
ユースタス屋が生きていると思い込んでいるはずなのに、今では探そうともしない。
もしかすると、何となく思い出したのかも知れないが、真相はわからない。
ただ、そのおかげで手錠は必要なくなった。
「殺戮屋、飯だ」
「トラファルガー……キッドの分はどうした?」
「ユースタス屋は別室だ、先に渡した」
「そうか」
毎回このやり取りをしてから食べ始め、食事中もしきりにユースタス屋の話をしてくる。
今日の料理は苦手だろうなとか好きな料理とか、そう言った他愛もない事だ。
食事ごとのやり取り以外にも、定期的に繰り返される質問があった。
「キッドはどこにいるんだ?」
「別の船室に居る」
これは1日に1度くらいだ。
おれの返事を疑う事はないから、面倒くさくはないが。
「キッドはおれの事を忘れてしまっただろうか」
「いや、ユースタス屋も殺戮屋の事を気にかけてる」
「そうか、嬉しいな」
これは3日に1度位だ。
そう言って本当に嬉しそうな表情を浮かべる殺戮屋を見ていると、もう居ない相手への嫉妬心が生まれる。
だが、この感情は間違いなく不毛だ。
どうあがいたって、ユースタス屋はもう殺戮屋と話す事も殺戮屋に触れることもできない。
だから嫉妬する必要などないんだが、いつまでも殺戮屋の心に居座るのが疎ましくてたまらない。
「キッドにはいつになったら会えるんだろうな」
「傷が治ったらだ」
「いつ治るだろうか」
「まだ時間がかかる」
「そうか……」
これは、1週間に1度くらいだ。
すべて、前に比べると周期が短くなっていた。
あと数日したら、1日に2度は居場所を聞かれそうだ。
このまま進行したら、1日中ユースタス屋の名前を呼ぶようになるんじゃないだろうか。
未だに、どうしてこうなってしまったのか分からない。
ユースタス屋との付き合いは他の船員よりも長いようだったが、アイツが死んだだけで狂うタイプには思えなかった。
そう考えると何かあったのは間違いないが、それを知る方法はない。
唯一方法が有るとすれば、正気に戻すしかない。
――もしも今、ユースタス屋は死んだんだと告げたらどうなる?
信じるのか、それとも信じないのか。
正気に戻るのか、更に狂ってしまうのか。
この状況を拒絶するのか、しないのか。
不確定要素が多すぎるが、現状を変えるにはもうそれしかない。
真相を知りたいというのもあるが、なにより、じわじわと狂っていく殺戮屋を見ていたくなかった。
「なぁ、殺戮屋」
「?」
おれは、一縷の望みをかけて殺戮屋に告げる事にした。
「本当はな――」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
おれの行動は、結果だけなら良い効果をもたらした。
「ロー、キッドは何処だ?」
「ユースタス屋はどこにも居ない」
「ああ……そうか、そうだな」
毎朝このやり取りが行われるが、一度確認した後は訊いてこない。
本人曰く、毎日夢でユースタス屋と会話していて、起き抜けにはつい生きていると思い込んでしまうそうだ。
そんな状態ではあるが正気には戻り、現状も理解して、色々と手伝ってくれるようになっていた。
告げた直後は、色々と思い出したせいで取り乱して大変だった。
その後しばらくはあまりにも辛そうで、告げた事を後悔した。
ただ、現実として直面するのと思い出すのではダメージも違うようで、今度は狂うことは無かった。
それでも、毎朝これではやはり痛々しいものがある。
「なぁ……どっちが幸せだったんだ?」
「……わからない」
キラー屋は、本当にわからないといった様子でそう答えた。
「事実から目を背けたくはないが、思い出したくない事もあった」
「……」
「ただ……お前に感謝はしてる。それは確かだ」
その言葉と共に向けられた表情は、哀しそうな笑顔だった。
「……なら良かった」
おれは思わず視線を逸らしながらそう返した。
こんな表情をさせたのは、あの時のおれの判断が原因で間違いない。
それがとても後ろめたかった。
――本当に良かったのか? 正しいのか?
そんな風に自問自答しても、答えは出そうに無かった。
<終>
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