main | ナノ
バスケ部の伊月はチョコレートを受け取らないらしい

 この時期になるといたるところから甘ったるい香りがする。金曜日、バレンタイン当日。女子マネもいない運動部の俺にはあまり関係がないイベントだけど。
 受け取ったらお返しを考えなくてはいけなくなるけど、その時間が惜しい。それは全部、バスケにあてたい。だからクラスの女子からの義理チョコとか、隣のクラスの名前だけ知っている女子からの呼び出しとか、全部ぜんぶ、断っていた。
 知らない奴からもらった手作りはちょっと怖いというのもある。中学の時にチョコの中から髪の毛らしいものが出てきたときはびっくりしたし、それ以来食べ物は受け取っていない。

 ……多少、涼宮に誤解されたくないという思いもある。
 それに涼宮からのプレゼントなら、受け取っただろうけど。委員会で一緒になってから、会えば話す中の隣のクラスの子。試合があれば応援にも来ると言ってくれたから、多少、期待はしているけど。

 今日、風紀委員の集まりがあるから会えるだろう。
---


 委員会後、涼宮と話したくていつもよりゆっくりと片付けていれば、何人かの女子からチョコレートを差し出された。ひとつひとつごめん、と謝って断る。こんな姿、涼宮に見せたかったわけじゃないのに。

「やっぱり伊月、チョコ受け取らないんだね。うちのクラスの女子からも撃沈したって聞いたよ」
「涼宮……! ああ、まあね」
「なんか意外だね。そういうの、受け取りそうな感じなのに。もしかしてモテすぎてなんかあったの?」
「……もらっても、食べられなかったら悪いだろ」

 二人きりになった教室でにやにやとしながらこちらを伺い見る涼宮は手ぶらだ。……手ぶらだ。紙袋もそれらしい箱も持っていない。カーディガンのポケットも膨らんでいない。スクールバックは机に置いてあるが、横になっているから多分、あの中に入っていることも無いだろう。
 それらが指し示す意味に気が付いて、やや投げやりに答える。
 涼宮は誰かに本命を渡したのだろうか。俺じゃない、誰かに。さっきまでチョコレートなんかいらないと思っていたくせに、涼宮からもらえないのはひどく嫌な気分になる。

「伊月は律儀だしよく気が付くから……こういうイベントだと余計に余分な苦労してそう」
「どういう意味だよそれ」
「今だって、いろいろ考えてるでしょ?」
「え」

 両の手を開いて見せて、「私の手とポケット、見てたでしょ」としたり顔で涼宮は笑い、ポケットをひっくり返してみせた。ふわりと甘ったるい香りが漂う。ポケットにはきれいにアイロンのかかったネイビーのハンカチしか入っていなかった。
 よく気づく子だとは思ってたけど、もしかして俺の視線の先に気づいていたのだろうか。
 涼宮はそのまま何が楽しいのかくすくすと肩を揺らしている。

「伊月ってわかりやすいね」
「そんなこというの、涼宮ぐらいだけど」
「そう?」
「何考えてるかわからないってたまに言われる」
「バスケと私、どっちが大事なの? とか言われたり?」
「そうだね」

 中学でできた初めての彼女に振られたときとか、ダジャレを言ったときとか。バスケとってやつも言われた。わざわざ思い返すまでもなく出てくる記憶にそのまま返せば、涼宮はうれしそうに笑った。

「伊月って、こんなにわかりやすいのにね」

 何を考えているかわからないといわれていい気はしないが、わかりやすいと言われるのも手放しで喜べるものじゃない。まるで単純と言われているような。返事を返さない俺に、涼宮の手が伸びてぐりぐりと眉間を押された。どうやら、いつの間にか眉を寄せていたらしい。そして彼女はえらく、上機嫌だ。

「なんかうれしそうだね」
「伊月のこと、わかってるの私だけっていうのがうれしいな。ね、伊月もそう思わない?」
「それって、」

 先ほどから、涼宮が言いたいことがよくわからない。いや、わかるけど、都合よく解釈してしまいそうになる。今日、手ぶらな涼宮に限ってそんなことはないのに。
 カーディガンのポケットに涼宮が手を入れた。先ほど出して見せた、ネイビーのハンカチを引っ張り出す。女物にはあまり見えない色。また、甘ったるい香りが鼻孔をかすめた。

「伊月って、チョコレート……っていうか、手作り受け取らないんでしょ」
「そうだね」
「じゃあ、これなら?」

 差し出されたのは、ネイビーのハンカチだ。洗い立てか、未使用なのかわからないけど、しわ一つない。涼宮の意図が読めずハンカチから彼女に視線を戻せば、「これもダメだった?」とゆるく笑った。少しだけ、ほんの少しだけ、声のトーンが落ちたように思う。

「タオルの方がよかった? それとも、私からは受け取れない?」
「これ、俺に……?」
「そうだよ。伊月に渡したくて、用意したんだから」

 いまいち現状に理解が追い付かず、緩慢な動作でハンカチを受け取る。指に紙の角が当たる。ハンカチにはまだラベルシールが付いているようで、新品らしい。甘い香りが強くなって、どうやらこのハンカチから香っているらしいことがわかった。

「受け取ったね?! もう返品受け付けないからね!」
「バレンタインの……?」
「そう。……伊月以外には、誰にも、何も渡してない」
「そっか」

 手元のハンカチを見る。ラッピングはされていないけど、明らかに新品なもの。とってつけたように差し出されたわけじゃなくて、ちゃんと用意したものだということがわかる。

「……ラッピング、あった方が良いなら、袋あるけど」
「え?」
「チョコ受け取ってないのに包装されたもの持ってたらまずいかと思ってとっちゃった。読み違えたかー…ごめん」

 さっきまでの勢いはどこへやら、だんだんと小さくなる声で話す涼宮が、実は案外俺と同じぐらい緊張していたことを知った。それと同時に彼女の気遣いにうれしくなる。包装紙を持っていたら、部活でだって、まず間違いなくからかわれただろうし追及されただろうから。

「涼宮」
「うん」
「ありがとう。うれしいよ、すごく」
「うん……!」

 心なしか、涼宮の顔が赤い。たぶん、俺も赤いけど。これは、やっぱり期待していいのかな。今、言ってもいいだろうか。それとも、ホワイトデーまで待つべきだろうか。
 涼宮に声をかけようとしたとき、涼宮が「あ!」と声を上げた。

「伊月、部活! 遅れちゃまずいでしょ! 引き止めてごめん、受け取ってくれてありがと!」
「俺の方こそ、」
「またね」
「涼宮!」
「ホワイトデー、期待してるから!」

 涼宮は鞄をひっつかんで足早に教室から出て行ってしまった。お礼も、気持ちも、言葉にして伝え損ねた。だけどたぶん、俺が思っていることを、涼宮はわかってるんだろう。
 ……しょうがない、俺も部活に向かおう。

 鞄にハンカチをしまおうとしたところで、何か硬いものが挟まれていることに気が付いた。ハンカチの中に、カードが入っていたらしい。

――来年はチョコを受け取ってくれると嬉しい。だから今年は香りだけ。

 あの甘い香りは、チョコレートの香水だったのか。なあ、これって、俺が都合よく解釈しても、いいんだよな。

「好きだよ、涼宮」

main

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -