クラスメイトと伊月の(ファースト)コンタクト
「ねえ、」
「……え? ――俺?」
「そう、……伊月くん」
ねぇ、と声をかけられて、声の方を見てみれば同じクラスの涼宮さん。話したことは数えるほどしかないけど、中学3年間ずっと同じクラスだった。高校でも当たり前のように同じクラスで、それに気づいたとき、柄にもなく「運命」なんて言葉が頭をよぎったことを覚えている。
高校初日だった。
教室に入る彼女がこちらを見ているのに気がついて、さも偶然を装って視線を絡ませた。目を少しだけ大きくして、その後はにかむように笑った表情が、それ以来ずっと忘れられない。
男子とあまり話さなし、大人しいから目立つことはないけど、きっと彼女はこの学校一可愛い。
そんな涼宮さんが、俺になんの用だろう。
俺の机に手をついて、反対側から笑いかけてくる千恵さん、伏し目がちだったり、俺をまっすぐ見上げたり、こんなにくるくる表情をかえるだなんで、知らなかった。
カーディガンから指先だけのぞいていて、めちゃくちゃ可愛い。これがきっと萌え袖ってやつだ。
「伊月くんてバスケ部の副キャプテン……だよね?」
「え……ああ、うん」
「高1の春休み前のこんな時期に迷惑は承知の上でお願いがあるんだけど、」
「俺にできることなら。なに?」
「えーと、ね」
「うん」
ちょっと赤くなってそわそわする涼宮さん。うわ、やばい、心臓静まれ。クールになれ。顔がにやけそうになる。
ちらっと横を盗み見れば、こちらを見ながらにやにやしているバスケ部員たち。
緩みきっている頬を引き締めようとするけど無理だ。きっと後で小金井辺りにからかわれるかもしれない。
でもせっかくの涼宮さんと話すチャンスを逃したくない。
「バスケ部の、」
「バスケ部の?」
「マネージャーって、やらせてもらえる?」
「え、涼宮さんが?」
驚いた俺を見て、千恵さんは少し悲しそうに笑う。ごめんね、と呟いたのが聞こえた。
「ダメなら、いいの……迷惑、だよね」
「……本気?」
「う、うん……」
「本当に、いいの?」
頷く涼宮さんに合わせて彼女の黒髪が揺れる。
涼宮さんは真剣な話をしているのに、揺れる髪の毛が綺麗だとか思ってる俺ってなんなんだ。
ありがたいし、嬉しい。だけどどうしてこの時期なんだろう。それに、去年の夏だって、インターハイを逃しているのに。結果を出せていないのに。
もし涼宮さんが知らないんだったら、知られたくないような、全てを知ってもらいたいような。
「ありがたいけど……俺たちはまだ、――」
「伊月くんが頑張ってるの、知ってるよ。いつもいつも、諦めずにやってたこと」
「……どうして、」
「知ってる。人一倍頑張ってること。なかなか声がかけられなかったけど、でも……ずっと、中学から……見てた、から」
話しながらだんだん赤くなっていく涼宮さん。最後の方は声が小さくて聞き取りにくかったけど、確かに彼女は"中学からずっと見てたから"と言った。
え、涼宮さんは今なんて言った?
……ずっと、見てたから?
それも、中学から?
頭の中で、涼宮さんの言葉を反復する。なんだか心臓がうるさい。
「……、」
「え、とそれで、マネージャーやっても……良い?」
「っああ、うん。よろしく」
もっと気のきいた言葉なんていくらでも有るだろうに、俺の口から出たのはそれだけ。
俺の返事を聞いた瞬間、さっきまでの不安そうな、それでいて恥ずかしそうな表情から一変して、嬉しそうに微笑む涼宮さんは、じゃあ、と言って立ち上がった。
「放課後、部室行けばいいのかな」
「あ、まって涼宮さん」
呼びとめたは良いもののなんと言えば口ごもる。どう言葉に表せば良いのか分からないまま、涼宮さんを見つめた。
俺たちを、バスケ部を認めてくれている。まだ何も残せていない俺たちを。それだけのことが嬉しくて。
黙ったまま何も言わない俺に、だんだん涼宮さんは赤くなる。赤くなった彼女を見て、俺も急に恥ずかしくなってきた。ここ、教室じゃないか。
なんとか小さな声で「ありがとう、」と口にする。途端に、今まで以上に真っ赤になる涼宮さんに、つられて俺も顔が熱くなる。
「本当に……ありがとう」
「!……それじゃあまた……伊月くん!」
ぱたぱたと彼女は自分の席に走って行く。やばい、可愛い、ものすごく。