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高尾はマネが気になっている

 最初の頃は特になんとも思っていなかった。
 ただ、ちょっと寒いなとか、汗が気持ち悪いとか、そういうなにか気になることがあるときに、それを毎回さりげなく解消してくれるのが涼宮だった。タオルだとか、ジャージだとか。時にはドリンクやシュート率に至るまで、直接手渡されたり、目の届く範囲にそのものが置いてあったりと、とにかくかゆいところに手の届くサポートができる子。

 元帝中バスケ部のマネらしいから、おそらくそこで鍛えられたんだろう。だいたいいつも穏やかな笑みを浮かべていて、必要事項以外は男子ともあまりしゃべらない、大人しそうなマネージャー。そのくせに、サポートスキルがマジでカンストレベルで、その事実に気付いたときにはギャップに思わず噴き出したのも記憶に新しい。

 たぶん、女子から反感を買わないように積極的に男子部員と関わらないのだろう。彼女の消極的な交流と、表立ってフォローをしない姿勢によって、サポートを受ける側がそれが涼宮によるものだと気付かない場合が殆どだ。たぶん、正しく認識していない部員の方が多い。特に1年。
 ただ、ギャラリーが居ないときは緑間のラッキーアイテムにはツッコミを入れていたし、先輩たちと推しをめぐって壮絶な最推し決定戦をしていた。控えめなように見えて、案外我が強くて面白い。

 最初は涼宮のサポートの瞬間を目にしたいと思って追っていたはずが、気付いたら部活動関係なく目で追うようになっていた。

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 緑間を通して多少言葉を交わすようになって、だんだんと涼宮の印象が俺の中で変わっていって、目で追ううちに気になるようになって。だからと言って俺と涼宮の関係性は変わることはなく、あくまで緑間という共通の友人がいて、部活が一緒な、遠くて近い距離にいた。
 二人で話す機会も無いまま、ウィンターカップを迎えた。

 あれだけやっても勝てなかった洛山との試合の後、それまで以上にバスケに向き合って、悔しさにまみれて練習に明け暮れていた。来年度のインターハイまで半年を切っている。
 だが、年が変わろうが試合で勝とうが負けようが、緑間のリアカーを引くのはいつの間にか俺の役目なわけで。

 涼宮と俺の関係が動いたのは、学校の駐輪場備え付けの空気入れで自転車のタイヤを膨らませていた時だった。
 1月。動いていても冷え、風なんか吹いた暁には震える時期だ。

「くっそさみー」

 寒さで手がかじかんでタイヤのバルブのキャップがうまく閉められない。さっきから掴んだキャップがすぐに指先から離れて地面を転がっていって、それを拾っては落としてを繰り返している。
 もう何度キャップが転がっていったか分からない。相変わらず定位置に収まろうとしないキャップを追いかけて手を伸ばす。

「あっつ」
「ごめん! 大丈夫?」

 突然指先に触れた熱源は缶コーヒーらしい。キャップの代わりに指先に当てられた缶コーヒーをたどってみれば、犯人は……涼宮。片手に缶コーヒー、もう片方の手にキャップを持って立っている。暖かそうなマフラーに顔の下半分が隠れているが、なんとなくいつも通り笑っているだろうことが分かった。

「間違えて微糖買っちゃって。もらってくれない?」
「……ん、サンキュ」
「お礼言うのはこっちでしょ。律儀だね」

 一瞬触れた指先は俺のと変わらないぐらい冷たかった。
 つーか涼宮さーん、前にブラック飲んでるところもラテ飲んでるところも見たことあるけどー?! タイミング完璧なのに嘘下手すぎだろ。

 野暮なツッコミはさておき、ありがたく缶コーヒーを受け取った。じんわりと触れた部分から熱が広がる。少し熱いぐらいのこの缶、あきらかに自販機から出て来たばかりだ。
 当の涼宮は俺のすぐ隣にしゃがみこんで、自転車の前輪を覗き込んでいる。
 しゃがむときにスカートを抑えた動きは、どことなく緑間に近い育ちの良さを感じさせた。
 
「じゃ、お礼にタイヤのキャップはめたげる」
「マジ? めっちゃ困ってたから助かるわー!」
「ハイスペック高尾の助手ができるとか光栄すぎる。自慢しよ」
「おう、苦しゅうない」
「なにそれ、似合ってない!」

 声を上げて笑う涼宮が意外だったてこと以上に、抱いていた印象よりもあざとい子だなと思った。前々からそんなきらいはあったけど。なんだろ、自分の魅せ方を分かってるっていうか。だけどそれが嫌味じゃないんだからすげーよなあ。
 現に隣にしゃがんで鼻と指先を赤くしている涼宮、かわいいし。絶対タイミング計ってただろって思っても許せてしまう。そのタイミングの良さが従来のものか、バスケ部で鍛えられたものかは知らないけど。

 黙って見守っていると、慣れた手つきでバルブにキャップをはめ、俺が苦労していた空気入れ作業を完遂してくれた。俺と同じぐらい手が冷えているのに、女子ってすげー。
 そのまま涼宮を見ていれば、俺の視線に気づいたのか、まばたたきと共にそれまでタイヤに向いていた瞳が俺を映した。赤い鼻に上目遣い。すり合わせるように絡められた細い指。全部、わかってやってるんだよな?

「高尾って、すごいね」
「えーなんだよ急に。今更俺の魅力に気づいちゃった?」
「何事にも真摯に向き合うでしょ。バスケだけじゃなくて、人間関係とか、もろもろ全部」
「いやどうした? 照れんじゃん」
「照れるなら褒め返してよ」

 わざとらしく拗ねたようなふりをされた。なんつーのかな、会話のテンポが気持ちいい。打てば響くっていうの? 二人で話すまで気づかなかったわ。

「……涼宮のサポートには負けるなー」
「言わせた感満載すぎてつら」
「本心だって」

 スカートから埃を払うしぐさをして、涼宮が立ち上がった。至近距離をよぎった太ももに早くなる心臓を何とか押しやる。
 コーヒーが冷める前に飲めという彼女に、適当に返事をして、エナメルバックから引っ張り出したジャージを地面にひいた。そこを叩けば俺が言いたいことを察したらしい。涼宮が再び俺の横に腰を下ろした。今度は横座り。こうしてみると膝とか、うっすら肌が透けて見えるタイツって寒そうだ。……そして、少しだけエロい。平常心平常心。

「こういうこと、さりげなくできるの何なの。惚れそう」
「へーえ。で? 惚れてくんねーの?」
「1回だけじゃ難しいかなー」

 わざとらしく視線をそらして、いたずらが成功したような笑みを浮かべて、また俺をチラリと見て。なんか俺、遊ばれてる気がするんだけど。いやむしろ手のひらで転がされている? でも涼宮になら良いかなって思ってしまう。
 プルタブを引いて、ぬるくなったコーヒーを煽る。微糖っていう割に、口の中に残る甘さが半端ない。胸やけをするというよりは、癖になるタイプの甘さだけど。そう、まるで今の涼宮みたいな。

「涼宮も飲んだら?」
「うん、まあ。いいの」

 絶対自分の分買ってないだろ。実は鞄の中にもう1本入ってます、とかも無さそう。間接キスとか、期待してんのかな。賭けて、みようか。

「一口いる? 温まるぜ」

 飲み口を涼宮の側に傾けて差し出せば、初めてその表情が崩れた。少しの動揺。けれど次の瞬間には、いつもの穏やかな笑みを浮かべていた。もっと動揺してくれたらかわいいのに。

「都合よく勘違いしちゃうけど」
「……俺はとっくにしてっけど?」

 缶コーヒーを置いて、涼宮の手に触れる。そのまま指を絡めて力を入れれば、ゆっくりと握り返された。互いの指先は、真冬に似つかわしくないくらい熱を持っている。

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