後輩高尾がなにかと可愛い
当たり前だが体育館には暖房がない。ボロ……歴史ある、古い設備が多い秀徳では当然部室にも暖房はない。
はぁ、と息を吐くと口から出ると同時に息は白くなる。まるでグラウンドにでも立っているような寒さ。そんななか、外周を頑張っている部員たちは偉いと思う。私だったら一秒も耐えられない。
部員が外で頑張っている間、マネージャーが一緒に走っても仕方ないので、洗濯とタオルやドリンクなんかの日常業務をするのが常だ。それらが済んでからは、データの処理や、対戦校の情報収集、備品のチェック、部室の整理なんかをしている。なんだかんだ、やることが多い。データ関連は家でできるし、今は寒いからとにかく体を動かしていたい。
先に部室の掃除をしてしまおうか。改めて部室を見渡して、ため息を吐くしかない。
週に一度は掃除と整理をしているはずなのに、恐るべきスピードで散らかるわ汚れるわ、さすが男子生徒の多い部室は違う。色々と女である自分が見てはいけない物に遭遇する率はだいぶ減ったけれど、掃除をするたびに毎回何かしら話題になるものが出てくる。
掃除と整理を終わらせて、今回出てきたものを見やる。ただのグラビアだった。マイちゃんかわいい。あと角が折れてる月バスと未開封のおにぎり2つ。
最初の頃に「先生と保健室でピーパラダイス」なんていう18禁もののDVDが出て来た衝撃に比べれば大したことなさすぎて、むしろもっと雑誌は大切に扱えよ、と思ってしまう。持ち主がわからないそれをとりあえず月バスの棚に適当に突っ込んで、おにぎりはごめんなさいといいながらゴミ箱へ。
「さっむ」
一息ついて、保温水筒から暖かいお茶を飲む。
それにしたって、寒い。こんな寒い中、ここでデスクワークとか、寒すぎて嫌だ。早くみんな戻ってきてくれないだろうか。あいつらの発熱量なら、絶対室温が2度ぐらい上がる。
くだらないことを考えて、ときたま手をこすり合わせながらデスクワークを進めていたら、足音が聞こえてきた。やっと、部員たちが帰ってきたようだ。寒さに耐えきれずに心待ちにするというのも変な話だけれど、外周から帰ってきてくれて嬉しい。タオルやドリンクは用意してあるけれど、この後の練習のためにも、体育館に戻ろう。
「涼宮さーん! 高尾ちゃん戻りましたー! ドリンクとタオルくーださいっ」
「一年のはあっちの籠にまとめてあるから間違えないようにね」
「先輩の対応冷たすぎて高尾ちゃん凍えちゃう!」
「凍えてろ。つーかマネもいちいち相手してんじゃねえ、焼くぞ」
こっわ。宮地先輩まじこっわ。
ぼそっと呟いた高尾と内心シンクロしながらも焼かれたくないのでさっさと自分の作業に戻る。
昨日とったデータをまとめたものを該当者に励ましの言葉と共に渡していけば、感謝の声がかえってきて、それだけで寒くても頑張ろうと思えてしまう。我ながらちょろいな。
さて、今やってるメニューが終わり次第始まるミニゲームの準備をしないと。
様子をうかがいながら片手間にできることを進めていても、どうしても寒くて背筋を揺らす。部員が戻ってきてもやっぱり寒いものは寒い。明日から足カイロでも持ってくるか。でもあれ足が臭くなるんだよね。
頃合いを見計らって倉庫からスコアボードを引っ張り出す。金属フレームがそれはもうキンキンに冷えていて、なんとかジャージの袖を伸ばして直接触れないようにするもそれでも指先が冷える冷える。
正直金属フレームより冷えたんじゃない? なんてどうしようもないことを考えながら、まだまだ遥か遠くの配置場所に引っ張っていく。とりあえずまずこの寒い備品倉庫から出ないとね。
「せーんぱいっ、準備あざーす!」
「高尾……メニュー終わったの? 油売ってると宮地か木村にひかれるんじゃない」
「涼宮さんまでそんなこというのやめてくださいよー! マジに聞こえるじゃないっスか!」
「いやマジだよ?」
相も変わらず何が面白いのかケラケラと笑う高尾に返事を返しながら自分の仕事を続ける。たぶん彼の手は暖かいんだろうな。じとりとした視線を向ければ、視線に気づいた高尾がこてんと首をかしげた。
おかしい。男子高校生なのにかわいい。
「てか俺別に油売りに来たんじゃないっスよ」
「じゃあ何を、」
言い終わる前に高尾に手を取られた。やっぱり暖かい。離したくない暖かさだ。反射的にぎゅっと手を握れば珍しく高尾が「涼宮さん?!」と焦っている。
どうせ私の手を握って反応を見たかったんだろうけど、先輩をからかうからだよ。ばーか。いつもいつも後輩に振り回されてたまるもんですか。
内心そう毒づいて、そっと手を離す。再び前に進もうとした私の手はしかし、再び暖かい手に捕まれた。
「先輩待って。俺まだなに売りに来たか言ってないんスけど。……ほら」
ジャージのポケットに左手を突っ込んだ高尾はなにかを握って、それを私の手に押し当てた。高尾の手より暖かい。
「カイロ? なんで」
「涼宮さん寒がりだからいるかなーって! 気のきく後輩っしょ?」
「へえ、カイロ売りなんだ?」
「そ! お代はーー」
「おい1年! 涼宮! いつまでたらたらやってんだ! 埋めんぞ! なめてんのか!」
体育館の反対側から飛んできた怒声に二人して肩を揺らす。宮地の言うことはもっともだ。
あんたのせいで怒られたじゃん。そういう意味を込めて高尾を見れば、テヘペロとでも言うように舌を出された。
舐めてんのかな。やっぱり先輩としては絞めとくべき? でも可愛いから許す。けどやっぱり1回絞める。
もう一度高尾を睨もうとしたら案外近くにいて咄嗟に黙る。にやりと人の悪い笑みを浮かべて、一言こぼして高尾は他のレギュラーがいる方に走っていった。
「おい高尾、早くゼッケン着て準備しろ!」
大坪の声が遠くに聞こえる。早く用意しないといけないのに、火照る顔がどうにも熱くて倉庫の外に出られそうにない。
ーーお礼は俺の大好きな千恵さんとのデート1回で!
そんなことで照れるほど初なわけでもないはずなのに、あの後輩の言葉にはどうしたって慣れることができない。