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伊月×香水


 クリスマスも会えない。知っていたし、知ったうえで付き合ってるから文句も何も無い……けど、寂しさを感じるぐらいは許されるよね?
 今日もバスケの練習をしているだろう俊からは連絡がない。どうせ部活中はスマホは見ないんだろう。

 付き合って初めてのクリスマス。一緒に過ごして、ちょっと豪華なご飯を食べて、おしゃれなケーキを分けて……そんなことを期待していなかったと言えば嘘になる。だけど分かってもいたことだから、寂しさを紛らわす手段だって用意している。

 クリスマス一色になった店で買ったもの。俊がつけているのと同じ香水。蓋を開けて湯気の籠った風呂に一振りした。服を脱いで風呂場に入ればふんわりと香りがたっていて、俊の腕の中にいるときのように錯覚できる。SNSでこの方法を知ってから、寂しくてしょうがない時はこうして心の隙間を埋めている。

 ……これで抱擁までしてくれたらいいのに。

 最初の数回こそ香りだけで十分だったのに、いつの間にかそれだけでは足りなくなっている自分がいる。どうしたら、寂しいかまってと思う身勝手な感情を御せるようになるんだろう。

 ゆっくりとお風呂につかって、少しの寂しさは残しつつも、なんとか気分は落ち着いた。スキンケアが終わったら俊にメッセージを送ろうかな。お疲れ様、メリークリスマスって。

 部屋着を着てリビング兼寝室のドアを開けると、ソファに今の今まで脳裏に思い描いていた人物がいた。

「俊? え? 部活じゃ……?」
「千恵に会いたくて来たんだけど、だめだった?」
「そんなことない!」
「っわ、積極的だな」

 学校が違う俊とは中々会えなくて、ずっと寂しかった。普段は自分から抱き着くなんてしないけど、今日は恥じらいなんてどこかにとんでいった。ぎゅっと抱きしめ返してくれる腕に甘えて、思い切り俊の香りを感じる。
 そう、これだ。安心する香り。
 すん、と俊が鼻を鳴らしたのが分かった。首筋をなぞる感覚がこそばゆい。

「ねえ千恵」
「なあに」

 自分でも笑ってしまうぐらい、甘えたような声が出た。やっぱり本物は違う。香水の香りだけじゃなくて、俊の体温で香る香水と、彼自身の香りが好き、だなあ。
 さっきまでの不安が嘘なぐらい、幸せだ。この腕の中は、とても安心する。

「なんで男物の香水つけてんの?」
「え?」
「いつも千恵がつけてるやつと違うだろ」

 少し怒気の含まれた声に、それまで天に昇るようだった思いが一気に冷水をかけられたように冷えていく。そうだ。香水、お風呂にまいたんだった。
 それをどうしてと聞かれたって、あなたの香りに抱かれたかったからなんて言えるわけない! 恥ずかしすぎる。

「いや……えっと、なんていうか」
「千恵。正直に言って」

 少し体を離されて、まっすぐな鈍色の瞳が私を映している。なんで怒ってるの? 香水をつけたのってそんなに気持ち悪い? やっぱりひく……よね。

「私、会えなくて……さみしくて、それでつい、その、出来心で」
「それで、俺と同じ香水付けたやつと会った……?」
「え……?」
「なんで?」

 言っている意味がよくわからない。もしかして、浮気を疑われている? そんなこと、考えたこともないのに。
 俊を感じたかっただけなのに。

「千恵」
「ちがっ……そんなことしてない! そうじゃなくて、ただ、」
「うん」
「私、さみしくて……だから、」
「千恵、言って?」

 寂しそうに呼ばれた名前に、自分の恥ずかしい気持ちなんてどうでもよくなった。ひかれるかもしれないけど、気持ち悪いって思われたらいやだけど……浮気を疑われるよりずっといい。こんなに、俊が好きなのに。

「お風呂に香水、まいて入ったの!」
「え」
「だから言いたくなかったのに! ひかないでよ……」
「別にひいてないよ。なんていうか、俺には無い発想に驚いてるだけで」
「そういうのをひくっていうじゃん……!」
「ていうか千恵、俺が使ってるやつ持ってたんだな」
「……買った」
「いつも、そうしてる?」
「今日みたいに、特別な日とか。……さみしいときは」
「……あーもう、そんな顔すんなって」

 後頭部に腕が回されて、あっというまに再び俊の腕の中にいた。そう、ここが一番落ち着くんだ。この腕の中で、クリスマスを過ごしたいの。
 とりあえず、どうやら引かれたわけじゃないことに、一安心する。すこしきついぐらいの抱擁に、私も腕を回して応える。

「ごめん。ちょっと、違和感を感じたから」
「ん」

 頬ずりをするように俊の胸板に頭を寄せる。骨ばった手が項をなぞるように撫でていく感覚がくすぐったい。首筋に触れられるなんて、他人にされたら嫌なのに、俊に対してはそんなことを全く思わない。

「なんでだろうな。同じ香りの筈なのに、千恵が他の男のにおいを付けてるみたいに感じる」
「私には俊だけだよ……?」
「わかってるんだけど」

 気付けば、肩にかかっていた髪が顔の片側にまとめられていた。「いい?」と聞く俊が何のことを聞いているのか分からなかったし、ゆっくりと首筋を行き来する俊の指先に身体中がぞわぞわして、どうしたって意識は彼の指に向いてしまってそれどころじゃない。
 その感覚から逃げるように肩をくすめれば、追い打ちをかけるように彼の指が項を撫でていく。

「ねえ。舐めて良い?」
「俊がしたいことし……ええ?」
「千恵の香りがいつもと違うから、嫌なんだ。消毒したい」
「そ、そんなこと……いちいち聞かないでっ」

 瞬間、鎖骨から顎までを熱くて濡れた何かが撫でていった。何なんて、考えるまでもない。
 俊の舌だ。
 先ほどまでとは比べものにならない感覚が背筋を走る。ざらざらした舌が触れる度、電流が走る。

「じゃ、遠慮なく」

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