リーバーから嫉妬される
「お帰り、チエ」
「あっリーバー。ただいま」
任務帰りのチエに会った。エクソシストである彼女の任務は当然、危険なものばかりだ。目立った外傷は無いものの、多くの細かい傷はあるに違いない。
そして、その綺麗な笑顔の裏で、また泣いているんだろう。報告書を持ってきたらしいチエは、それを慣れた手つきでコムイ室長に押し付けると、コーヒーを入れていたリナリーから一杯貰った。
「リナリーの入れるコーヒーはいつも美味しいわね」
コップを持っていない方の手でリナリーの頭を撫でるチエに、リナリーは顔を赤くする。
「ありがとう、姉さん。…本当に姉さんが私のお姉さんだったらいいのに」
「この教団に来た時からもうずっと一緒に居るんだもの。本当の姉妹みたいなものでしょう?」
「そうじゃなくて…兄さんと結婚してくれればいいのにってたまに思うんだけど」
どう?なんて首を傾げるリナリーに、それを聞いて、チエはにっこりと笑った。どういう意味かなんて、彼女の答えなんて、室長に対するチエの気持ちなんてわかっているはずだ。だけど、心臓がうるさい。
「兄さんもそうでしょ?」
「そうだねえ」
「姉さんは?」
うんうんと頷きながら、こちらをニマニマと見る室長は、本当に人が悪い。
ゆっくりと口を開くチエ。
「駄目に決まってんだろ」
否定を表す言葉を口にしたのは、俺でもなく、コムイ室長でもなく、ましてやチエでもなく。どうやら任務帰りらしい神田だった。バンっと報告書をコムイ室長の机に叩きつけ、出ていこうとする神田を止めたのは、他でもないチエだった。
「また手当してない」
神田の傷口に触り、怪我の酷さを確かめているチエと、満更でもない表情でされるがままになっている神田が、気に食わない。
神田も触れるなと言えばいいのに、時たま傷が痛むのか苦しそうな声を上げるだけで、チエの手を振り払おうとしない。
今が戦争じゃなければ、チエが気遣うのも、チエが触れるのも、チエに触れていいのも俺だけだと言えるのに。
優しいチエに惹かれたのは事実だ。だけれど、これ以上チエが他の男の肌に触れているところを見ていられなかった。
「チエ」
「リーバー…?」
自分でも驚くほど、低い声だった。けれど、はじかれたように俺のことを見るチエの顔を見て、どこか優越感を得た。
いつも余裕のあるチエに、こんな表情をさせられるのは俺だけだと。
「来いよ」
神田から奪う様にチエの手を引き、部屋を出た。痛い、というチエの声は、聞こえないふりをした。
俺の中で渦巻くこの感情が、醜い嫉妬だということはわかっている。だけど、だからってどうすればいいんだ?
ねえ、と後ろからかかった声に返事を返さずにただひたすら歩き続けた。
乱暴に自室のドアを開け、チエを中に押し込んだ。
小さく悲鳴を上げるチエを無視して、壁に押し付ける。血と砂の匂いが鼻をかすめた。
「ねえ、リーバー」
「チエ、チエ、チエ」
貪るようにチエの唇にキスをした。何度も何度も口付ける。チエが、チエは俺のだってことを、わかってくれるように。
力が抜けて、倒れそうになるチエをしっかりと抱きとめてベッドまで運ぶ。こうやってチエを抱きしめるのも、横抱きするのも俺だけでいい。
ベッドに寝かせて、すぐにチエに覆いかぶさる。彼女がどこにも逃げてしまわないように。
「俺だけを見てくれよ」
「貴方のことしか見てないわ」
「他の男に微笑みかけるな」
「貴方のことしか愛してないわ」
チエは俺に彼女の白い腕を絡めた。俺は、彼女の首筋に顔を埋め、白い肌に噛み付いた。
赤い華を咲かせる。チエが、俺のものだという証を。
「不安なんだよ」
彼女の首筋に顔を埋めたまま、つぶやいた。
「お前が任務で外にいるときは、ノアに攫われるんじゃないかって。殺されるんじゃないかって。もう、帰ってこないんじゃないかって」
「私の帰るべき場所は、リーバーの腕の中だけだって、貴方が一番知ってるでしょう」
「お前がここにいるときは、他の男に取られるんじゃないかって。今日だって、どうして、否定しなかったんだ」
「ありえないじゃない。リナリーが妹になるのは嬉しいけれど、貴方以外、考えられないもの」
「俺以外のヤツに触れるなよ。お前がその手で別の人間に触れていると思うだけで、そいつを殺したくなるんだ」
困った人ねと笑うチエは、けれど、嬉しそうだった。
「なあ、頼むよ」
「じゃあ貴方も、私がここにいるときは、室長を構わないで。私だけを見て」
「ああ、そうだな。室長の相手は、別の奴に任せるよ」
「私だって、寂しかったのよ。貴方が室長にばかり構って、私を構ってくれないから」
---「リーバー班長って、たまに大胆ですよね…」
「いやあ羨ましいね、青春!僕も青春したいな!」
「………」
「リナリーなんだいその目は?!」