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なぜか毎晩夕飯を食べにくる鴆

 私は今、恋をしている。相手は、人間ではない――


 ふわりと唐突に彼は現れた。今日もまた、【朧車】に乗って、彼は来たと言う。曰く、彼の主のものなんだとか。凄く、優しく心が広い方らしいけれど、どんな人なんだろう、彼の主って。

「今日は……照り焼きか?」
「鴆さん!いらっしゃい」

 ひゅう、と冷たい夜風が吹いたかと思えば、開け放された窓に寄りかかって鴆さんが立っていた。色素の薄い髪が街灯に照らされてなんだか光っているように見えて、……神々しい。人ではないような感覚を覚える。あ、人ではないか。

 それにしても今日はなんだかかっこいい。いつもかっこいいけれど、それが一割増しというか、なぜだろう。

 険しい顔をして腕を組んだまま食卓に歩いてきた鴆さんをそのまま手を洗いに洗面所へ向かわせた。手洗いうがいをしなかった鴆さんに私が怒って以来、ずっとそうする習慣だ。身体が弱いんだったら衛生管理はしっかりしないと。
でも今日は特にそのまま行ってくれてよかった。もう少しで赤い顔を見られるところだった。なぜって今日は格別に鴆さんはかっこよく見えたからだ。
そして彼が開け放したままの窓を閉めるの私の行動もまた、いつものこと。


「いつもわりぃな」
「ッ良いですよ、私がしたくてしてるんですから」


 洗面所から戻ってきた鴆さんが少し笑った。思わず背を向けて台所に駆け込む。
 急に笑わないでよ、心臓に悪い。
 でも、そんな想いを抱いているのはきっと私だけ。彼には、鴆さんには、そんな素振りは一切見られない。

 なんだかんだで鴆さんが家に来るようになって、共に過ごす時間は長いけれど、私に対して愛してるはもとより、好きも、その他諸々の愛情表具をしない鴆さんに、どうしていいかわからない。私のことをどう思ってるのか、嫌いではないと思うけれど……。

 最後の盛り付けをしようとして菜箸を取り上げた手をそのまま台に下ろす。今盛り付けたら、この暗い感情まで一緒に込めてしまいそうで。「どうしたんだ」と私を気遣う鴆さんに答えられない、背も向けたまま。


「どうしたんだよ、お前が静かなんて珍しいじゃねぇか」


 それはいつも、私が何か話さないと会話が途切れちゃうからだよ。鴆さんはあまり自分から語らないから、私が何も言わないで、私の家に来る意味がないと思われたくないから。ねぇ、一方的すぎて、悲しいよ。

 そっと鴆さんが隣に立ったのを感じた。鴆さんの着物が目の端をちらつく。そのまま彼は「おい」と言った。


「俺がなんかしちまったんだったら、」
「……キス、してください」
「は?」


 別にこれが最後でいいから思い出を下さいとか、そんなんじゃなかった。ただもう色々と限界だっただけで。
 控え目に鴆さんの着物の袖を掴んだ。沈黙が重たい。嫌なら嫌、はっきりとそう言って欲しい。拒絶されるのは怖いけれど。
 黙ったままの鴆さんを恐る恐る見上げると、酷く困惑したような、躊躇うような、なんとも言えない表情をして、私を見ていた。ばっちりとあった目線を反らしたくなったけれど、ここで反らしたら私の負けだと思って見つめ返す。なんで、そんな悲しみを帯びた瞳をしているの。

「鴆さんッ」

 合わせて着物をぐいと引くと、「わりぃ、」と言って鴆さんから顔を背けた。
ねぇ、何がわるいの?言ってくれなきゃわかんないよ。

「私はわからないです、なんで鴆さんが私のところに来るのか。私ばっかり鴆さんのこと好きで、期待しちゃって、その度にへこんで。鴆さんは、――」
「俺は、」

 一旦言葉を止めた鴆さんは何を言いたいんだろう。どうしてそんな顔で私を見るの。

「俺は人間じゃねぇ、妖怪だ」
「だからってそれがな――」
「それに、……俺は【鴆】だ。無害な妖怪じゃねえ。猛毒を持ってるんだ。ただの人間であるお前に触れるだけで、殺しちまうかもしれねぇ」

 再度私を遮った鴆さんは、苦虫を噛んだような顔をしていた。妖怪がなに、猛毒がなに。だって鴆さんは私を殺す気ないんでしょ?だったら心配ないじゃない。それに猛毒だって、そんなの、鴆さんなら解毒できる。いつしか私に薬を調合してくれたように。

「俺自信、自分の体内の毒に侵されている。緩和することはできるが、この毒の解毒方法なんて俺は知らねぇ」
「……、じゃあ鴆さんも」
「俺もいつか、自分の毒で死ぬ。でもそれは俺一人でいい。お前まで死ぬ必要はねぇよ」

 寂しそうに笑った鴆さんに、私ばっかり悲しくなった。優しい彼は、独りで死んでいくつもりなんだ、きっと。そんなの、許せるわけない!
 そっと鴆さんの頬に手を添えた。驚き、身を捩らせ私の手を避けようとする鴆さんに抱きつく。「やめろ!」と怒鳴った鴆さんに構わず胸板に頬を押し付けた。じんわりと温かく、どくどくと心臓の鼓動を感じる。
 こうやって生きてる。何も人と変わらないじゃないか。むしろ、吐血したりして人より弱い気がする。

「キスしてください」
「おい、」
「今こうやって触れてますけど、私はまだ生きてます。それに鴆さんが使った食器や箸を私は素手で洗ってますけどっ、どこも問題ありません!」
「ッ俺はお前を失いたくねぇ」

 肩を掴まれて勢いよく離された。じっと私を見る鴆さんは依然として寂しそうな表情をしていた。けれどその瞳はどこか迷っていた。
 悲しげにしかめられた顔のまま、「お前には生きていて欲しい」と彼は微かに呟いた。 ねぇ、それって。

「鴆、さん……あの、」
「頼むから、お前だけは俺の前からいなくならないでくれ」
「居なくなるとか、そんなこと絶対にありません私は鴆さんの傍にずっといます。鴆さんが嫌がるまで……いいえ、嫌がられても傍を離れません!」
「お前……」
「それにもし死んだら……、それが寿命であってもそれ以外のことであっても妖怪として私、生き返ります。鴆さんを一人置いていくなんてできませんから!」
「そう、か」

 私の一世一代の告白はため息と共に吐き出されたその一言と共に終わった。
 期待した分だけその後の落胆は大きい。結局鴆さんはどうしたいんだろう。私は貴方の一言一言に簡単に振り回されちゃうんですよ。

 肩にあった手がするりと私の背を抱いた。そのまま、気づけば鴆さんの腕の中で、先ほどと同じように鴆さんの胸板の暖かさを感じていた。本当に私をどうしたいんですか。舞い上がっちゃうよ、こんなことされたら。

「お前には敵わねぇよ、」

 回された腕の力が強くなる。私も事態を認識して、おずおずと鴆さんの背に腕を回した。だって信じられない、鴆さんに抱き締められてるなんて、夢みたいで。
人間だからとか人間じゃないからだとか、もうそんなこと言わないでよ、鴆さん。

「……お前に触れるのに躊躇う必要なんて無かったな」

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