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涼宮の帰りのバス停を確認して、地図アプリでそこから程近いマジバを探してピンをたてルートを確認する。頭のなかでざっと道順を組み立てて、肌寒くなった外気の中、ぽつぽつと会話を重ねながら涼宮とマジバを目指して歩いていると、どうみてもデートと解釈できる状況に口許がにやけてしょうがない。目的地であるマジバの自動ドアをくぐってみれば、主要駅から少し距離のあるせいか、ご飯時にもかかわらずそこまで混んでいなかった。
未だなぜ自分がここに連れてこられたのかわからない、という顔をした涼宮を適当なボックス席に押し込んだ。荷物を彼女に預けて、荷物番を頼んでレジに向かう。
レジの順番を待ちながらメニュー表を見ても、脳内を占めるのは涼宮ばかりだ。
何が好きだろう。何なら喜んでくれるかな。
鞄から引き抜いてきた財布には、涼宮と俺の分の夕飯代が入っている。荷物番を涼宮頼んだけれど、そんなのはただの口実で、出させるつもりはな無論ない。
そもそも、涼宮が課題を進めてくれていたから、お礼がしたいし。……今日のことを相談した姉から軍資金をもらっている。部活でお金がかかるため、我が家では親からの定額小遣いはない。だからこそ出世払い10倍と言われて差し出された封筒だ。
そもそも、はずかしながら部活に明け暮れている身で、人様に奢れる金なんて稼ぐ暇がないんだが。
レジの列が進む。さて、何を頼もうか。お弁当の具を見た感じ、涼宮は特別何かが苦手なようには見えなかったけど。期間限定品と、王道人気メニューなら外れないだろうか。飲み物は……。
最悪涼宮が全て苦手と言ったら、かっこ悪いけど、俺が全部食べよう。問題は、ちゃんと涼宮が苦手なものを苦手って言えるか、だ。その空気を俺がちゃんと作らないと。
悩んでいるうちに、順番が回ってきた。レジで満月バーガーとトリプルチーズバーガーをそれぞれセットで頼む。
番号札を渡され、注文したものが届くまでの間、スマホを確認すれば日向とコガから「デート楽しめよ」と冷やかしのメッセージが届いていた。いつも通りそんなんじゃないと返信しつつ、心のなかでは正反対のことを思っている。
--- 食べ物の載ったトレーに水とペーパーナプキンを乗せて、席に戻る。俺がトレーを二つ持っていることに驚いているらしい。
「荷物見ててくれてありがとう。なんか美味しそうなものあった?」
「ん……これとか、これ、見てた」
涼宮の指をたどると、満月バーガーとお月見シェイクを指さしていた。さすがにシェイクは買っていない。
「今期間限定のやつね。俺もそれ気になってたんだよ……じゃあこれ」
「……え?」
涼宮の前に満月バーガーのセットが乗ったトレーを置く。その手前にトリプルチーズバーガーののったトレーを置く。
涼宮は目を白黒させている。古典のお礼、と伝えたが納得はしていないようだ。首を横に振られた。けど、俺もここでひくわけにはいかない。
「冷めちゃうから、早く食べよう」
「でも」
「そっちのが満月バーガー。俺のがトリプルチーズバーガー。どっちにしようか迷っちゃってさ」
トリプルチーズバーガーの包み紙をむく。まだ思うことがあるのか、涼宮は満月バーガーに手を付けようとしない。
「あれ、こっちのが良かった?」
「じゃなくて」
「迷うよなー。定番のやつと期間限定の味」
「……いづきく―――」
「はっアジの味が味わい深い!キタコレ!」
最近、彼女が俺の名前を呼ぶときに、遮るようにダジャレを言うことが多い気がする。涼宮はあきらめたのか、ため息を一つついた。そして、鞄に手をかける。
もしかして。
……ああ、やっぱり。
財布をつかんだ彼女の手を、そのまま鞄に押し返す。涼宮の手は、少しだけひんやりとしていた。
「これで涼宮さんにお金出させるとか、そんなダサいこと俺にさせないで」
「……だけど」
「俺のこと思ってくれるなら、冷める前にいっしょにこれを食べて欲しいな」
俺を見て、財布に戻された手を見て、そうして涼宮は再び俺を見た。あと一押し、といったところか。
「で、満月バーガーの感想聞かせてほしい」
首を少しだけ傾けて、涼宮にお願いをしてみる。前に家族にあざといと言われたこれは、確実に涼宮に効くだろう。
俺はこいつの感想を言うから、という意味で右手のトリプルチーズバーガーを少し持ち上げれば、しばらくの葛藤をしたのち、涼宮は鞄に財布をしまった。ものすごくもの言いたげな顔をしているが。
諦めた涼宮が満月バーガーの包みを開くのを見届けて、自分のチーズバーガーを食べ進める。
ひと口、涼宮が満月バーガーをかじった。ひと口が小さい。かわいい、なあ。なんで涼宮がやることは、こう、すべてかわいく見えるのだろう。
そのまま下を向いてしまった涼宮の様子を伺う。どうしたんだろうか。少し大口で残りのチーズバーガーを口に放り込む。
げ、大きかった。むせそうになるのをお冷やを飲んで無理やり押さえた。あっぶね。
声をかけようか迷っているうちに、ぽつりと聞こえた「おいしい」。小さな、気を抜けば聞き逃してしまいそうな、小さな声で、「おいしい」と、涼宮、が、言ったのか? 息がつまる。
「だろー? やっぱ期間限定っていいよなー。トリプルチーズも美味し……か……った!」
可愛すぎて、喉にバンズが詰まるかと思った……!
顔を上げた涼宮はちょっと泣きそうになっていた。何が彼女の琴線に触れたのかはわからない。けれど、彼女が喜んでいるのは確かだった。そんな涼宮を見て、自分の顔に熱が集まるのを感じた。やばい。冷静になれ。