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あまりにもきれいに涼宮が笑うから、思わず本題を忘れそうになった。そうだ、俺は別に告白をする為に来たわけではないのに、雰囲気に流されそうになる。
「連絡先、教えてくれないの?」
「えっと……」
たっぷり3分は過ぎただろうか、おずおずと、とても言いにくそうに、携帯をなくしたことを涼宮は話してくれた。それも2週間も前に。いや、ふつう困らないか? 2週間も携帯が無いと。
ん? 2週間……?
白いスマホが頭をよぎる。アイドルのアクリルストラップがついた、ノート型のケースに収まった、白いスマホ。
「もしかして、アクリルストラップがついている白いカバーに入ったスマホ?」
「え、そう……だけど。どうして」
「2週間ぐらい前の放課後、ここで拾ったんだよ。涼宮さんのだったのか」
まさかと思って口にしたが、合っていたらしい。そうとわかれば、スマホの回収が先だろう。
「事務に届けてあるよ。今から行こうか」
彼女を連れて、事務に向かう。溜息を吐く涼宮を励まして、事務室のカウンターにスマホを受け取りに活かせた。
あのスマホの持ち主が、まさか隣の席の涼宮だったとは。手続きをしている彼女の後ろで、日向とカントクにもうすぐ向かう、とメッセージを飛ばした。
スマホをズボンのポケットに戻して、涼宮を見守る。どうやら、ちょっと言葉尻の強い事務の人相手にまごついているようだ。
スマホって貴重品だしな…。受け渡しための本人確認はきっちりするか。
何気なくカウンター向こうに目を向けると、奥にいた別の事務の人と目が合った。
「あなた……このスマホ届けてくれた子じゃない」
「あ、はい。拾ったの俺です」
「知り合いだったのならもっと早くに来れたでしょうに」
もっともなセリフだが、涼宮には堪えただろうな、と思う。本人は対人能力の低さを気にしているようだし。
無事にスマホを受け取れた涼宮と共に、事務室を出た。大事そうにスマホを手にする涼宮とならんで来た道を引き返す。
「良かったね、涼宮さん。スマホちゃんと返ってきて」
「………うん、」
「持ち主がすぐ隣にいたなんてね。もっと早く気づけばよかった。悪いな」
「ううん、……」
「ん?」
「ありが、と」
「どういたしまして」
涼宮が恥ずかしそうに笑った。あたりが暗くなるなかで笑う彼女はきれいだ。誰にも渡したくない、と思うくらい。
「連絡先は明日にしよう。充電も無いだろうし。明日の昼に飯食いながら。ついでに古典の課題の相談も」
「っえ、あ、うん」
「明日は、逃げないでね」
「……っ!!」
先ほどまである程度普通に話せていたというのに、逃げるなと念押ししたとたんに言葉に詰まる涼宮はかわいい。笑いそうになるのをこらえて、別れを告げる。
「じゃあ。俺部活あるから」
部室に向かいながら、2週間前のことを思いだす。うっかり目にしてしまった、メッセンジャーアプリの通知。
男からの連絡。それも仲がよさそうな。涼宮、失礼ながらあまり友達はいなさそうなのに。それも異性となれば、なおさら。
ついこの間まで、誰かが涼宮のことを支えてやってほしいと思っていた。だけど、いざその想像が輪郭を帯びる始めると、どうしてもその位置を譲りたくなくなる。
俺が彼女の一番近くにいたい。彼女の感情を揺さぶる原因は、俺であってほしい。俺が涼宮に向けるのと同じぐらい、俺を求めて欲しい。
近づきすぎないように、ちゃんと自分の中での優先順位を明らかにするために、せめて二人の時は呼び捨てをやめたけれど。結局意味なんて無かったんだ。理由の前じゃあ、しょせん建前だ。
急いで部室で着替えて、体育館に入る。
「悪い! 遅くなった!」
「日向君から聞いてるわ。ほら、準備して」
「ああ」
今日はなんだか、調子がいい。
--- 今日は遅くなった分、自主練をしっかりしていこう。皆でモップ掛けを終えた後、ボールを一つ手に取ったところでカントクに声をかけられた。
「どうした?」
「伊月君、なんか今日調子良いわね。というより、最近肩に力が入りすぎていたのが、戻ったというべき?」
「まあ、そう、かな。引っかかっていたことが、ひとつ解決できたってところ」
「ふーん、ならいいけど。ちゃんと今後も、コンディション保ってね」
「りょーかい」
カントクの言う通りだ。ここ最近ずっと、バスケの事、涼宮の事、それぞれ引っかかっていた。バスケの方は、まだ全て解決したわけじゃない。だけど、涼宮とのことを迷わなくなったからだろうか。
俺に器用さがあれば、と思っていた。涼宮を追いかける理由が欲しい、と思っていた。そのきっかけが、今日の夕方見つかった。
ただの希望が形をもって現実になる音が聞こえる。涼宮を、バスケ部に入れよう。