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 俺が露骨に涼宮を避けることで、ことを大きくしたいわけじゃなかったし、ましてや何か問題を起こしたかったわけじゃない。涼宮の困り顔は好きだけど、確かに困らせたいとは思うけど、それを誰彼かまわず見せてほしいわけではなく、ついでに言うならば、その表情だって、俺のせいで歪ませてほしかった。
 関係を希薄にしたいくせに、はっきりとつながりを切ることだけはどうしても嫌で、無理で。だから、人として最低限のマナーというような理由書きをしたオブラートに欲を包んで、挨拶だけはしていた。ただじっと顔を見て、目を合わせて、彼女が何かを言うのを待つ、なんてことをしなくなっただけで。

 日向からなんとなく聞いているのか、カントクが涼宮のことを俺に聞くことはなくなった。希望薄と判断されたらしい。コガはマネージャー欲しいと相変わらず騒いでいる。その声を聞くたびに、自我を持とうとする衝動をなんとか抑え込むことに、最近の部活動の時間では苦労していた。
 何か言いたげに向けられる日向の視線には気づいていたし、言いたいことも分かってるつもりだ。だけど、どうしろって言うんだよ。お前だって、カントクとの距離、中学の時からそのままじゃないか。
 俺が器用だったら、バスケと涼宮の両方を大事にするくらい器用だったら、両方とれたのだろうか。あるいは俺が、ちゃんと涼宮を笑顔にしてやりたいって、思えるような人間だったら。

 そうだ。全部が全部、俺が望んだ通りに、順調に俺と涼宮の関係は希薄になっていっている。委員会か、文化祭がきっかけになって、涼宮にちゃんとした友達ができれば俺の憂いが晴れるんだが。

 そんな矢先だったからこそ、古典の授業でペア指定をされて課題を出されたときには、心臓が嫌な音を立てた。

「――と、このように和歌には意味の取り方が複数あるものがある。ここが俺が思う面白いところだ。そこで、和歌について調べて、意味や背景をまとめて発表及び提出が課題だ」

 担任でもある古典担当の教師が教室の前で、生徒の机の列を区切るように手を動かした。その班分けに情念と理性がそれぞれ別のものを望む。

「提出と発表は再来週なー。この2列とこの2列で左右でペア。こっち1列は前後で。今日と来週はメディア室か図書室で作業してもいい」

 ……左右でペア。つまりそれは、涼宮とペアってことだ。当の彼女は、なぜかノートを睨んでいてこちらを見ようともしないけど。ちゃんと課題の内容を聞いていたのか心配になるが、ちゃんとノートにメモしてある当たり、そこら辺は器用らしい。

「じゃあ、始めー」

 気の抜けたような先生の声を皮切りに、クラスメイトたちが各々相談しだす。こればっかりはしょうがない。授業の課題だ。まるで自分に言い訳をするように言い聞かせて、涼宮に声をかけるが、相変わらず反応がない。わかっていたことでは、ある。

「涼宮ー」

 今までも、言葉としての反応がないことはままあった。しかしそれは言葉が出てきていないだけで、彼女の表情だけは、涼宮が考えていることを雄弁に物語っていた。話しかければ、表情に変化が見えた。ところがどうだ、今はガン無視されている。
 これは少し……堪える、な。
 最近の俺の行動を振り返れば、無視、されても仕方がないかもしれない。それとも本当に気分が悪いとか、そういうのだろうか。少し心配になって、席を立つ。音を立てて椅子を引いても、涼宮の机のすぐ横に立っても、気づいた様子がない。

 あまり、こういうことはしたくないんだけど。俺自身、多少なりとも自分の容姿については分かっている。耳にタコができるぐらい、姉と妹に言われているんだ。女を敵に回すな、容姿を自覚しろ、嫉妬させるようなことをするな、と。だから女子との直接の接触は、できるだけ控えてきた。触れた女子の勘違いだけじゃなくて、周りの女子の嫉妬が、触れた子に向くから、と。
 だけど、これは。今回はさすがに、不可抗力だということにしたい。合理的に触れることができる理由を得たことにはやる心に気付かないふりをして、身体をかがめた。できるだけやさしく、涼宮の腕に触れる。
 その瞬間、バッと顔をあげた涼宮の目は少しうるんでいて、その表情にぞわりとした。少し、心配になる表情だ。色々な意味で、俺の内側を波立たせる。

「大丈夫? 涼宮」

 俺の顔を見た涼宮ははねのけるようにして俺の手を振り払った。嫌がられるかな、とは思っていたけど。サッと涼宮の顔から血の気が引いた理由が、俺に触られたのが嫌だったのか、それを見た女子からの妬みが怖かったのか。

「俺、涼宮にそんな顔させてばっかだ」

 眉尻を下げて、見ている側が可哀そうに感じるぐらい表情を歪ませる涼宮は、やっぱりどうしようもなく、かわいい。そう思ってしまっている俺が、今まで彼女がこういった表情を浮かべる原因を作っているんだろう。これでどうやって、平常心を保てる? どうやって、一緒に課題をやればいい?

 傷ついたような顔をして、涼宮は教室から駆け出して行った。
 教室に沈黙が流れた。クラスメイトの「伊月君がまたフラれた」と言っている声が聞こえる。神崎が「懲りないねあの二人」と面白くなさそうに言っているし、日向が眉間にしわ寄せてこちらを見ている。
 言われなくたって、わかってるさ。俺が、一番。

「おーおー、涼宮は熱心だなー。元気でよろしい。だが廊下を走るのは感心しないなー」

 見当違いな先生の声に少し教室がざわつく。

「おい伊月、女子一人にやらせんなよ」

 ややあって、それが先生の下手なフォローであったことに気付いた。はたしてそのフォローに意味があったかどうかわからないが、その言葉ののち、クラスメイトたちはまた各々の班で課題の相談を始めた。
 授業が終わるまで20分。今日はホームルーム後に風紀委員の集まりもある。

「ダァホ」

 背中を思いっきり叩かれた。日向だ。

「すぐ追いかけろ。んで何とかならなかったら、委員会の後、部活来る前に寄り道してこい」

 ああ、本当にこいつはキャプテンだ。よく気が付く。

「サンキュ」
「女泣かせるとかサイテーだからなお前」
「ああ」

 わかってるさ。そんなこと。日向に背中を押されて、俺も涼宮の後を追うように教室を出た。
 俺が一番、わかってる。


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