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31
 天気予報通り、朝から途絶えることなく雨が降り続いていた。朝練では当然外周もなく、グラウンドで走り幅跳びをやる予定だった体育の授業も、天候の為に館内になった。
 準備運動後、体育教師から出されたのは各自で運動するようにというアバウトな指示。生徒は各々倉庫からボールだの縄だのを引っ張ってきて、気心知れた人同士でグループを作っていく。俺も日向や合同クラスの仲のいい男女何人かとバスケをしよう、と話していた。

 ……そういえば、クラスメイトとあまり話せていない涼宮はどうするんだ?

 視界の中に彼女の姿は無かった。少し移動すると、壁際にたたずむ涼宮さんを見つけた。しばらく見つめていると、涼宮が誰かを探すようにきょろきょろと辺りを見回し始めた。入るグループを探しているのか。そんな積極性があるようには、申し訳ないが全く見えない。

「もう一人声かけてくるから、先用意しといてもらっていいかな」
「あ、噂の伊月君がフラれてるって子?」
「どんな噂だよ、それ……」
「早く行って来い!」

 ボールやゼッケンの準備を日向たちに任せ、涼宮に近づく。彼女の名を呼んでも、涼宮は振り向かない。気付いていないのか、聞こえていないふりをしているのか。ただ立ち止まった涼宮に近づいて、横に並んだ。ややあって、やけにゆっくりと振り返る涼宮に、今日何の種目をするのかを訪ねれば、まだ決まっていないとのこと。なら、ちょうどいい。

「じゃあさ、俺たちと一緒にどう?」

 シュートフォームをしてみせれば、バスケを指していると合点がいったらしい。ぐるりと周囲に視線を泳がせてから、涼宮は下を向いてしまった。

 俺が声をかけたことで、他のクラスのやつらも彼女が誠凛初の転校生だと気付いたのだろう。他のクラスの生徒からの視線を受けて下を向いてしまった涼宮の様子から察するに、どうやら彼女の緊張がピークに至るまでの他人からの視線の許容量は、思ったよりもかなり少ないらしい。
 彼女が一般的な緊張という枠を軽く超えるぐらい緊張しいだということは、俺が隣の席で、なおかつ常人よりも多少広い視野をもっているからこそ、わかったことだ。だから、交流がないクラスメイトや他クラスの生徒には、彼女の行動原理が正しく映らないであろうことは、想像に難しくない。

 さっと周囲に目を向ける。ほら、やっぱり。
 ポニーテールの女子がこちらに鋭い視線を向けている。ちょっとこの状況はまずいかもしれないな。早く涼宮をこの状況から逃した方が良いだろう。
 涼宮を移動させるべく声をかけようとしたら、彼女がばっと顔をあげて、俺を見た。また、困った顔をしている。少し、泣きそうになっているのかもしれない。何かを決めたような顔で、俺を見ている。
 涼宮の方から俺に何かを言ってくるなんて、これまでの努力の甲斐があったというものだ。できれば、遮りたくない。聞き逃さないように意識して耳を傾ける。
 涼宮が口を開いた、その刹那。

「伊月君、涼宮さんなんてほっときなよ。きっと私達とは嫌なんだよ」

 少し大きめの声で、鋭い非難が俺の右手後ろからとんだ。俺たちのクラスメイトの、神崎だ。

「そうそう」
「伊月君があれだけ声かけてるのにねー?」
「だって涼宮さんが拒絶以外の言葉発してるの、みたことないしー?」
「……俺は涼宮に聞いてるんだけど」

 少し、厄介なことになった。言葉少なにそれだけを返してから、すぐに後悔した。後から思えばもう少しやりようはあったはずだ。絶対話がややこしくなる言い方だった。でも、目の前で唖然とした表情のまま凍り付いている涼宮を放ってなんかおけなかった。
 先ほどの続きを促すべく一歩涼宮に近づけば、途端に彼女は目線を下げてしまう。そして俺や、他の誰かが何かを再び口にする前に、涼宮はまた、走って行ってしまった。

 先ほど涼宮を非難した女子を見る。
 夏休み前、俺に告白してきた子だったはずだ。きれいな顔立ちをしていて、取り巻きもいる。プライドが高く、寂しがり屋。よくマウントをとりたがって、思ったことを直接に口にする子。そんなタイプだ。勉強はできるし、クラス行事なんかでは指揮をとったりするから教師からの覚えも悪くない。……だからクラスでも、発言力は強い。
 思い通りに行かないことがあると、面倒な性格になるのが残念なところ。

 姉と妹から言われたことを思い返す。ここでこの女子を、神埼を刺激してもしょうがない。きっとそのツケは俺じゃなくて、涼宮に向く。そして女子のいじめはこわい、らしい。
 なんといえば、この微妙な空気になった場が収まるのだろうか。

「……伊月君、ほっときなよ。もう」
「担任からも頼まれてるし。俺の数少ないダジャレ仲間なんだ。……涼宮、あれでダジャレ好きなんだぞ」
「うそだあ……!」
「信じられない……」

 神崎と、他何人かの女子がひいたような表情で俺を見た。そういう反応をすると思ったよ。だって神崎は、俺に告白してきたけれど、俺のダジャレとネタ帳を見て去って行った子だ。その割に何かと俺にかまってくるけれど。自分の好きなものを全否定した女と付き合う気になんてなれない。
 もとから誰かと付き合う暇なんてないが、あれはショックだった。中学でも度々あったが、高校生になっても見た目から理想を押し付けられて、それが違ったら去られるなんて思わなかったから。

「だから伊月がかまってたんだ…」
「なんか意外だけど納得って感じー」

 神崎たちのグループが俺に背を向けたのを合図に、他の生徒も先ほどまでのごたごたには興味を失ったように、各々またグループに分かれていった。
 これで、多少はマシになったと思いたい。
 神崎たちがうちのクラスの女子の中ではリーダー格だし、その神崎が興味を失ったとなれば、涼宮が一連のことでクラス内でいじめられる確率は下がるはずだ。女子の思考回路は分からないから、絶対とは言えないけれども。

 涼宮が気になるが、彼女がどこに行ったか分からない以上、追いかけるわけにもいかない。この騒動の間に俺に近づいてきていた日向に、待たせて悪かったと謝罪を入れた。

「お前ほんとこういうときの気遣い半端ねーな」
「伊達にイーグルアイ持ってるわけじゃないさ」
「にしても涼宮さんがダジャレ好きって……あれ咄嗟の嘘だろ」
「なに言ってんだ日向。本当だぞ。初日だって俺のダジャレに感極まってただろ」
「ダァホ。現実見ろ伊月」

 俺のダジャレに対して日向が辛口なのは友情故なのか、評論家役を買ってでてくれているからなのか……。他のバスケをするメンバーのもとに戻りながら、未だに涼宮のダジャレ好きを信じようとしない日向にため息を吐くしかなかった。

 体育の授業時寒中、終始体育館出入り口に意識を向けていたが、結局涼宮はその間、体育館に戻ってこなかった。
 誤解をされやすい性格をしていて、あまつさえ自分で自分の首をどんどん絞めている涼宮が、少しでもクラスになじめるようになればいいと思う。
 はやく、俺のダジャレを聞かせてやれるように。



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