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もし夢主が宮地兄弟と出会ったら
「へーえ」
「連続で全部シュート……すごいねえ」

 ミルクティー色の、少し長い髪をなびかせた長身の男が5連続でゴールを決めた。

「俺のこと、見てろよ」

 白い歯を見せ、ニッと笑って駆けていった和成君の背中を見送る。これだけ近くで和成君がバスケをするのを見るのは、ずいぶんと久しぶりだ。

---


 今日はうちの大学の大学祭で、珍しく部活がオフだという和成君と一緒に遊びに来ていた。
 こうして二人で出掛けるのって、実は再会してから初めてだと思う。引退後もバスケを頑張っている和成君と、大学で講義がある私とでは、勉強時間を除くと土日もあまり時間が合わない。

 総合大学らしく広い学内を見て回る。その後着いた体育館ではいくつかの部やサークルが体験コーナーをやっているらしい。バレー部に、テニスサークル、卓球部……そしてバスケ部。

「こちらで靴カバーをかけてくださーい!」
「はい、千恵ちゃんの分の袋」
「うん。ありがと」

 和成くん越しに受け取った靴袋を片手に靴を脱ぐ。
 そのときに繋がれていた手が離れて初めて、和成くんがうちに迎えに来てくれたときからずっと手を繋いでいたことを思い出した。あまりにも自然だから、忘れてしまっていた。最近大きくなったなと感じるときは多いけれど、まだまだこういうところはかわいい和成くんのままだ。自然と口元が緩んでしまう。
 ふと目があった彼は不思議そうに首を傾げた。

「なーに笑ってんの」
「ううん、なんでも」
「俺には言えないこと?」

 すこし意地悪な顔をして、再び手を取られた。指が1本1本絡められる。それ、恋人つなぎって言うの、知ってるのかな、この子は。

 子供体温のような、私よりも平熱が高い手。
 この手がバスケに集中できるように、せめて姉離れするその時まで、和成くんを支えたい。そんな想いを込めて少しだけ力を入れてからめられた手を握り返せば、かすかに目を見開いて、そして太陽のような笑顔を返してくれた。
 なんだろう、嬉しくてむずむずしてしまう。

「……こうやって一緒にいれて、幸せだなって思っただけ」
「なっ!」

 首もとをほんのり赤らめて視線を反らす様は、やっぱり年相応でかわいい。なんて言ったら、きっと怒るんだろうけど。

「ずりぃっつーの……。あーもう。……、あ」

 ふと視線をそらした先で、何か気になるものがあったらしい。
 じーっとそちらを観察するように見ている。視線の先ではバスケットボールをリングに向かって投げる人影。視線を向けてからまだ一度も外していない。
 まだ赤い顔のまま、ちら、と私を見て、視線をそらして、また伺うようにこちらを見た。その視線の先は……バスケ部。

「へーえ」
「連続で全部シュート……すごいねえ」

 くい、と軽く引っ張られた手にい

「千恵ちゃん、良い?」
「……もちろん。私も和成君がバスケやってるとこ、見たいな。見せてくれる?」
「任せとけって」

 吸い寄せられるようにバスケ部のコーナーに向かう和成くんに手を引かれるまま、体育館の奥に進む。向かう先では先ほどの人が再びボールを投げ、ゴールを決めている。つながれた手に、ぎゅっと力が込められた。

 バスケ部のコーナーでは、ジャージ姿の快活そうな男子学生と女子学生が私たちを迎えてくれた。
 胸元に"案内係"、"受付"とそれぞれ書かれた紙を貼っている。なるほどわかりやすい。

「こんにちはー! ここではうちの体育館のゴールを使って実際にシュート体験ができますよ! バスケお好きならどうぞ! ちなみにシュートをたくさん決めるとお菓子もプレゼントしていまーす!」
「おふたりもどうですかー?」

 迷うことなく和成くんは1人分、と指を立てて答え、そのまま「これ、お願い」とショルダーバッグを渡してきた。

「彼女さんは、じゃああちらのベンチでお待ちくださいね〜」
「あ、」
「……俺のこと、見てろよ」
「う、ん」

 否定しようとした私の言葉を遮り、歯を見せて笑う和也君の背中を見送ることしか出来なかった。
 ジャージ姿の学生に案内されるまま、少し離れた位置にある長ベンチに腰を下ろす。

 和成くんの前には2人先客がいて、そのうちの1人がちょうど投げ終わったところのようだった。
 良いんだろうか。私が彼女だと誤解されても。それとも今は恋愛よりもバスケが大事、なのかな。

「すっげ〜! 全部決めるとか、もしかしなくともバスケ部だよな?! 何高? 身長もあるし、卒業したらうち来ねえ?」

 長身の男が、10本中10本、シュートを決めたらしい。彼らから少し離れているものの、張りのある声で話す大学生バスケ部員のお陰で、内容は駄々もれだ。
 ぐいぐいいくなあ、なんて思っていたのもつかの間。

「ーー、ーー」

 ……え? 
 何か、聞き覚えのある名前が聞こえたような。いやいや、そんなまさか。

「……秀徳?! もしかしてレギュラー?! ……うっそまじかよ! 東の王者の? ……まじ?! 秀徳?! すげえ! やべえな!」

 しゅう、とく、レギュラー? 本当に?

 気づけば意識をそちらに向けて、一言も聞き漏らさないようにしていて、和成君の言葉が頭から消えていたことに気づいたのは、それからずいぶん経った後だった。
 結局そうしたところで、返事をしている"秀徳バスケ部レギュラー"らしき長身の男の言葉は、拾えなかったけれど。

 秀徳レギュラー。

 時期的にきっと卒業する人は引退しているはず。だってもう秋だ。これから主力になるキャラクター……原作に、出てくるキャラだ。
 誰、だろう。原作で出てきたキャラ?
 きっと1年じゃなく、2年生なのはわかる。だって『高尾和成』は1年レギュラーだったことが普通ではなかったはずだから。
 ただ、どうしてもそれ以上はもう思い出せなくて。20年以上も前に入れたきりの知識でせいぜい覚えているのは、『高尾和成』と彼の進学先みたいな、和成君に関わる情報をほんの少しだけで。
 他のキャラクターのことなんて名前はおろか、特徴すらほとんど覚えていない。

 でもここで私が彼らと関わっちゃいけないことは、分かる。それに和成君も。本来は和成君はここに来ていなくて、出会っていないはずだから。
 今から和成君を呼び止めて、これ以上接点なんて持たせない方がいい。きっと『高尾和成』と『秀徳レギュラー』は他の形で互いを認知するはずなんだから……!
 理由なんて後で考えればいい。荷物をもって立ち上がる。早く、帰らせないと。

「かずなりくーー」
「弟さんも頑張れよ〜〜! 君はあっちで待機な!」

 私の声に気づいたのか、和成君は振り返って私に手を振ってくれたけど、被せて発せられたバスケ部員の声にかき消されたのか、呼ばれたことには気づかなかったみたいで、くるりと背を向けて次にボールを持った人を見ているようだった。

「おいおい、変なことすんなよ。埋めんぞ」
「……」
「ッチ、無視か」
「えっ……?」

 近くで聞こえた舌打ちにハッとして声の方を振り返れば、先ほど10本中10本ゴールを決めていたハニーブロンドの男がまいう棒の詰まった袋を抱えて立っていた。例の、『秀徳レギュラー』。
 まさか話しかけるなんて思われなくて、和成君に声をかけた中腰のまま彼を見上げる。180cm以上はあるんじゃないだろうか。首が痛くなりそう。

「ほら、もうちょっとそっち寄ってくれ。俺もアイツが終わるまで待機なんだよ」

 今ボールをゴールに向かって放った人と、先ほどまで私が座っていた長椅子を交互に指さして、威圧感たっぷりの声で補足する男に、急激に頭が冷えていく。

 私、今、何をしようとしていた?
 和成君のためだと彼を言い訳にして、彼がバスケに触れる瞬間を、せっかくまたバスケをやろうと思った和成君を、引き離そうとしなかった……?

 急速に全身から力が抜ける気がして、もたれかかるようにして長椅子に座り込んだ。やっぱり、日本に帰ってこない方が良かったのかもしれない。原作とは関わらず、和成君と離れたままで、いた方が。

「いや打たれ弱すぎだろ……まじ面倒くせえ」

 ガタンと椅子の足が動く音が響く。少しの衝撃。長椅子の反対の端に、さっきのハニーブロンドの彼が座ったことが分かった。
 隣の彼の弟らしき人の放ったボールがゴールネットをくぐり、体育館の床にバウンドする音が聞こえた。ぼんやりとボールの動きを目で追いつつ、どうしたって隣に座るモブじゃない人っぽい男の言動を意識せずにはいられなかった。
 荷物の持ち手をぐっと握りこんだところで、「おい」と再び声がかけられた。

「別にとって食ったりしねえから、もっとバスケ集中して見ろよ。燃やすぞ」

 燃やす……ってなに?
 怖すぎるんですけど……!
 むしろその言葉でゆっくり座ってなんかいられないと思いつつ、ちらつく言葉の刃が強烈で、あまりのキャラ立ちにきっとキャラクターなんだろうと分かってしまう。
 それでも明らかに私に向けられた乱暴な言葉になんと答えて良いものか、むしろ答えるべきかどうかから検討を始めたところで、視界の端でハニーブロンドがひらりと動いた。

「……悪かったよ、威嚇するよな言い方して」

 突然の謝罪に驚いてそちらを見れば、顔には大きく「俺は悪いと思ってねえ」と書いてあるものの、少し前かがみになって威圧感を消そうとしてくれていることは伝わってきた。
 冷静になってみれば、一回り以上も離れたキャラクターらしき高校生相手に何を私は慌てていたのだろう。どうせこれから会うことも無いし、きっと遅かれ早かれ和成君は彼らと出会う。その時にむしろ私を覚えていなければいいんだから、こんな目立つまねをせず、割り切っていればよかったのに。

「いえ、……むしろ私の方こそ、邪魔するようなことをしてごめんなさい」
「……別に謝んなくても良いんじゃねーの」
「でも弟さんですよね、今投げてるの」
「……まああれだ、申し訳ねえと思うんなら、高校バスケの試合を見に行くときは必ず秀徳高校を応援してくれりゃあ、それでいーぜ」
「……」
「そこは同意しろよ。しばくぞ」
「……はい」

 「あっそ」と短く返して前に視線を戻した彼に、心の中で少しだけ悪態をついて、もやもやとした感情を追いやった。
改めて見るととても整った顔をしていて、いかにも主要キャラ感を感じるけど、幼く見える。イケメンが多い漫画だった気がするし、ちらりと登場するだけでスタメンじゃない高校1年生とかなんだろうか。名前があるモブとか。ぽくないけど。あるいは和成君がレギュラーになると同時に控えになる選手なのかも……?

「上手いですね、弟さん」
「そりゃ準レギュラーだからな」
「えっ……そう、なんですか。すごいですね」
「あんたの連れは……中学生か? 進学先決まってんのか」
「……まあ……たぶん?」
「いや知っとけよ」
「ちょっと、聞きにくくて」
「ふーん」

 沈黙に包まれて、ボールがゴールリングを通り抜け、地面にバウンドする音だけが響く。手持ち無沙汰になりつつも、なんとなく目が離せなくて、和成君の視線の先、隣に座る童顔イケメンの弟のバスケを見た。
 隣に立っていると和成君は背が高いと感じるのに、こうして他のバスケ選手と並ぶと意外と小柄なのかもと気がついた。どう、だったか。確か『高尾和成』の相棒も、『高尾和成』より背が高かった気はする。

 あ、1本外した。と、思った瞬間、視界の端に映るハニーブロンドが大きく揺れて、続いて隠そうともしない、大きな舌打ちが聞こえた。

 えっ、こっわ。
 隣から響いた舌打ちに動揺して、つられて肩を揺らしてしまった。だって和成くん舌打ちとかしないし。言葉遣いわりときれいだし。文句でもあるのかとこちらを振り返った童顔に、ぎょっとしつつも平静を取り繕う。

「……1本外しただけでは」
「その1本が命取りになんだよ。試合でもない、自分のタイミングで投げられんのに外すとかねえわ」
「シビア、ですね」
「たりめーだろ。うちのレギュラーは安くねんだよ」

 厳しいなあと思う。この中に、和成君も来年入っていくのかと思うと少し心配になる。

「やめる人も……多いんじゃないんですか」
「あ? 部活か? 辞める奴はどんな条件でも辞めるし、バスケと向き合い続ける奴は何があっても辞めねえよ」
「そう、……っ」

 私はいま、何を考えていた?

 心の中を、見透かされたかと思った。体育会系のリアルを見て、少し心配になったのは確か。けれどそれは、心配するということは、和成君のバスケを否定していることになると、言われて気づく。
 ごめんなさい、和成君。私はやっぱり、あなたの近くに居るには足りない。でも代わりに言葉は怖いけど思っていたよりも面倒見が良さそうな人が、少なくとも秀徳に入ったら先輩にいる。だって。

「弟さんのこと、信頼されてるんですね」
「んでそうなんだよ」
「弟さんなら10本決められると、レギュラーになれると信じているんでしょう?」

 そうでなければ、レギュラーは安くないなんて言葉、出てこないだろうから。「まあな」と短く隣から返された言葉に、少しだけ口角が上がる。互いに同じ方向を向いて、決して顔も視線も向き合わないけど、この距離が少しだけ心地いいと、5分前の私なら到底信じられいような感想を抱いていた。

「……つーかなんで敬語? あんま年変わんねえよな?」
「え、……いや初対面なので……?」
「あっそ。俺は気にしねぇけど」

 え、これため口で話せってこと? いやでも件の弟さんもちょうど10本ボールを投げ終わって、景品を貰っているところだしもう話す機会も無いだろうから関係ないでしょ。
 席を立って弟の方に向かうかと思ったら意外や意外、隣の席に座る主要キャラっぽいハニーブロンドの彼は腰を落ち着けたままだった。やがてこれまたまいう棒のパックを抱えた弟さんがこちらに向かって歩いてきた。

「兄貴、行くぞ」
「座れ。見てくぞ」
「は? ……待ってる間鼻の下伸ばしてたのかよキメェな」
「あ゛? 1本外した奴が何言ってんだ」
「ああ?」

 一触即発とでも言うような真横で展開されている雰囲気に背筋が凍る。さっきまでの弟思いの兄、みたいな姿はどこへ……?
 殺伐とした空気に呆気に取られていると、ちらりとこちらに視線をよこした、弟君と視線が絡む。

「ちょっと詰めてもらっていいっスか」
「あ、はい」
「あざっす」

 軽く会釈をして、弟さんがベンチの真ん中に腰を下ろした。なぜか増えたギャラリーと共に、和成君がボールを受け取って、指先でくるくると回すのを見る。
 こんな近くで彼がバスケットボールに触れているのを見るのは本当に久しぶりで、なんとなく感慨深い気分になった。

 やがて投げることにしたのか、彼が構えて放ったボールはきれいな弧を描いて吸い寄せられるようにゴールのネットを揺らした。

「かっこいい、なあ」

 写真撮りたいかも。バスケしているところ。
 携帯を出そうかとポケットに手を入れたところで、真横の顔がぐるんとこちらを向いて、しまったと思った。完全に声に出していた気がする。ばっちりと目が合った隣の童顔イケメンの弟と私の間に、気まずい沈黙が流れた。

「……すいません、忘れてください」
「あれ、アンタの連れの奴? フォーム綺麗っすね」

 なんだか無性にフォローが痛い。けどまあ会うの、これっきりだし。「本人に伝えておきますね」とだけ短く返して、カメラアプリを立ち上げ、携帯を構えた。

 ボールを持ち、構え、ホイッスルの音のあと、宙に放たれたボールが弧を描き……先ほどと同じようにゴールリングをすり抜けた。
 バスケをしている和成君は、やっぱり特別かっこいい。

 3度目、ボールが宙を舞う。
 気づけばついつい和成くんを直接見ようとして、彼がボールを投げる瞬間、携帯から視線がそれてしまっていた。カメラアプリを起動したまま、中途半端にかかげていた携帯が急に恥ずかしくなって、おずおずと膝に下ろす。
 ……結局一枚もちゃんと撮れていない。まだあと7回は投げるんだろうけど、和成くんの活躍を目に焼き付けておきたいし、どうしよう。

「ふっ」

 隣から圧し殺したような笑い声が聞こえた。
 どう考えても隣に座っているバスケが上手い兄弟が犯人なわけだけど、そちらを今見るのはなんとなく気まずくて、そのまま和成君の活躍を見守る。
 再びシュートが決まった。

ーーカシャッ

 と、同時に響いたシャッター音。つられるようにして隣を見れば、隣に座る兄弟のうち、弟の方がいたずらが成功したような顔で私を見ていた。

「写真……?」
「あれだけ隣で騒がれたら、撮ろうってなるだろ」
「えっその言い方はちょっと……まあ、そうですけど」
「つーか敬語……俺が威嚇してるみたいじゃねえか」
「いや兄貴が威嚇してるだろどう見ても」

 えええ。正直キャラクター(仮)とは仲良くしたくない……。

「ほら」
「……かっこいい!」
「あんた、あの感じだといつまでたっても写真撮れなそうだし」
「……」

 中々の失礼な言い回しに思うところはあるものの、差し出されたスマホに映っていたのはボールを放った瞬間の和成くんだったから黙った。
 真剣な表情を浮かべている。やっぱり、似合うなあ……バスケしてるとこ。

 ほら、と出された手に意味が分からず首を傾げれば、「あ゛?」とドスの効いた声が返ってきた。えっ、いや本当に怖いんですけど。

「写真撮ってやるから携帯貸せって、兄貴が」
「言ってねーだろそんなこと」
「でも撮ってやる気になってただろ」
「そりゃそいつが下手すぎるからな」

 隣で繰り広げられるやり取りに、口をはさむ間も見つけられなくて唖然としていると、再度隣から手が差し出された。

「あんた、バスケのタイミング掴めてねーから、写真全然撮れないんだろ。ほら、スマホ貸せ」
「いや、それはさすがに」
「別に個人情報とか抜かねーよ。興味ねーし。俺も今日インスタントカメラ持ってねえからなあ」
「いや、単純に申し訳なくて……え、なんでインスタントカメラ?」
「また投げるみてーだぞ、あいつ。見ててやれよ。だからほら寄越せって。どーせ下手なりに撮るんだろ?」
「え、や、申しわけ、というか、ちが、」
「あ? 変な遠慮いらねーよ。……さっきの詫びだ」
「え、」
「つーか、それ以上言ったら焼くぞ」

 相変わらず物騒な言葉に思わず固まってしまう。その間に私の膝からスマホを取り上げ、私の前でちらつかせて悪い笑みを浮かべた。「カメラアプリ立ち上げろよ」と彼は言う。

「兄貴こえーよ」
「うっせーわ」

 ハニーブロンドで、イケメンで、バスケが上手くて、口が悪い。誰か、そんなキャラが居たような。必死に思い出そうとして、記憶をたどる。けれど、もう20年近く前のことなんてほとんど忘れていて、「早くしろ」とせっつく声にはっとして我に返った。焼かれたらたまらない。言われた通り、ロックをかけたままカメラアプリだけ立ち上げた。

「ほら、ちゃんと見ててやれよ」
「あ、はい」
「俺たち選手は、応援してくれる人がいるってのが、すっげー力になるんだ」

 まさか、ね。ざわりとさざめく心のうちに蓋をして、隣のイケメンにスマホを預ける。
 促されるまま、和成君に目を向けた。

---


「撮れたぜ、確認しろよ。一応」
「わ、すごい! ありがとう!」

 敬語を使うたびに睨まれるので、仕方なく外した敬語に、一緒に和成くんを応援しているということに、なんとなく心理的な距離感が近くなって。
 二人とも口はとても悪いし怖いしできれば今後は関わりたくないけど、でも、度々挟まれる脅し文句さえなければ、とても話しやすい人だ。
 加えて、良い人たち。
 なんてたって、短い間だったのに、和成君がボールを投げる度に写真を撮ってくれて、都度それを見せてくれるという内面までのイケメンっぷりに感服しながら、画面に収まる和成君を見せてもらう。
 その数、実に6枚。連写だったり、ビデオだったり、ズームしてあったり、撮り方は様々だけど、アングルと言い、ピントと言い、センスを感じるというか、妙にプロっぽい写真ばかりだ。

 もしや、兄の方は趣味でカメラやってる人……? 

「写真ありがとう。……なんかプロみたい」
「あーー……、まあ推しの写真をな。でも俺はまだまだ未熟だ。みゆみゆの魅力を十分引き出せてねえ」
「推し……?」

 何か、思い出しそうな。首をかしげながらスマホを右隣のイケメンから受け取った矢先のことだった。


「千恵ちゃんっ」

 あまり聞いたことのない鋭さを孕んだ声が体育館内に響き渡った。驚いてそちらを見れば、送り出した時とは違って険しい顔をした和成君が、その鋭い声で集めた体育館中の視線を一身に受けながら、ちょうど駆け寄ってくるところだった。

「和成君、おかえり! すごかーー」

 言い終わるより早く、あっという間に距離を詰めた和成君に右手を取られる。加減を知らない手に、手の骨が軋んで痛い。

「っ俺の……彼女が、世話になりました!」

 白い歯を見せて笑っているはずのなのに、笑ってない。
 くるりと私の方を振り返ると、くい、と再び手を引っ張る。

「待たせてごめん、行こうぜ」
「え、あ、もう良かったの? そっか、あの、あり」
「早くっ」
「和成く、まって、」

 いつの間にか荷物も、ビニール袋に入った靴も和成君が持っていて、有無を言わせない強さで引き寄せられた。そのまま振り返ることなく体育館出口を目指して歩き出した和成君に、足がもつれないようについていくので精いっぱいだった。
 関わらない方がいい人なんだろうけど。それでも、和成君の写真が嬉しかったのは本当だから、一言お礼を伝えたかったのに。最後になんとか振り返った先で、兄弟揃って呆れたとでも言うような顔をしていた。

 


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