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 結局俺も涼宮も一言も言葉を交わさないまま、先日スマホを拾った場所についた、ありがたいことに先客もいなかったので、花壇の縁石に腰を下ろして、立ったままの涼宮を見上げた。
 視線で言いたいことは伝わっているのか、彼女は相変わらず難しい顔をしている。涼宮はなんだかもの言いたげな表情をしていたが、やがてあきらめたのか俺の隣に腰を下ろした。
 足元に視線を落とす彼女に、色々伝えたいことはあったはずなのに、先ほど図書室で見たときに感じたことが、ぽろりとこぼれ落ちた。

「涼宮さんすごいな、古典の課題、今日だけであれだけまとめたんだろ? 情報処理がうまいんだな」

 驚いてこちらを見上げる涼宮は、すぐに難しい表情をした。まあ、褒めたからって下着を見たことを流してくれるとは思ってないけど。
 わざわざ俺の方から掘り返すわけにもいかない。先ほどのことはとりあえず無かったことにして本題に入ろう。務めて平常を装って連絡先を聞くが、返事がない。
 もしかして、さっきの下着のこともあったし、俺、疑われているんじゃ……? そんな、襲うなんてこと、するつもりはない。さすがにそこまで落ちていない。

「あー、ごめん。人目の無いところに連れ込みたかったわけじゃなくて――」
「なんで」
「ん?」
「最初の日、すごく緊張した。やっと自己紹介しようって思ったら、伊月君がダジャレ言うから失敗するし」

 初めて彼女の口から呼ばれた。聞きなれた“いづき”という音が、全く違う音を持っているように感じる。どうしようもなく特別に聞こえて、その声に応えたいとも思ってしまう。
 反射のような謝罪しか返せない。日向のクラッチタイムを思い出して冷静になれ。そうだ、アイツの言った通りタイミングがまずかったんだよ、たぶん。

「イケメンのくせしてほいほい声かけてくれて。女子の反感怖いし、お昼も、体育も、誘ってくれたの嬉しかった! けど! ぼっち飯だし、だれも口きいてないし……!」
「わっ涼宮?!」

 堰を切ったように話し出す涼宮はちょっとレアだ。今日は彼女の新しい一面ばかり見ている気がする。不謹慎だとはわかっているけど、嫌がられていなかったことも併せて、うれしい。
 それでも、俺のせいで彼女が今学校でなじめていないのは――まぎれもない事実だ。

「本当、申し訳なく思ってるよ。涼宮さんにしたこと」
「ちがっ」
「違わないだろ。頑張ろうとしている涼宮さんを、俺が邪魔したようなもんでしょ」
「違う! ……違うってば!」

 恐らく、今までで一番大きな声。肩を震えさせながら下を向く涼宮は、泣いているんじゃないだろうか。

「私が、謝りたかったの。声かけてくれたの、嫌じゃなかった。ううん、すごく、嬉しかった。急で、びっくりして、だけど」

 だけど、と度々口にして、ゆっくりと顔をあげた彼女は泣いてなんか、いなかった。

「だけど! ……嬉しかった、よ。ありがとう」

 笑ってくれた。初めて涼宮を見かけた日に、見た笑顔。この1カ月、ずっと見ていなかった表情だ。その瞬間、涼宮の困り顔に上書きされていた笑顔をはっきりと思い出した。

「嫌な態度取って……ごめん」
「良いんだ。俺こそ、ごめんね」

 何が、困らせたい、だ。笑った顔だって、ちゃんとかわいいと思えている。困らせたり、泣かせたりするのと同じくらい、この表情が見たい。俺のネタを聞いて、この表情を浮かべて欲しい。
 本当に、俺の方こそ―――

「そう言ってくれて、ありがとう」


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