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伊月君に連れていってもらったのは個人経営のショップと、チェーン展開していそうなショップの2つ。それぞれでよく購入しているものや、気になっているものなんかを教えてくれた。
バスケの話をしているときの伊月君はとてときらきらしていて、ずっと話を聞いていたくなる。だから2件目のお店を後にした際、伊月君に「退屈してない?」と聞かれたときは思わず「ぜんぜん!」と即答してしまった。
「だって!」
「うん、だって?」
「あ、いや……えっと、」
「聞いてるよ?」
思わず口をついて出そうになった言葉を飲み込む。伊月君がきらきらしていてとってもかっこ良いから、いつまでも聞いていたいよって、引かれないかな。どう、なんだろう。ちょっと気持ち悪いって思われそう。伊月君に限ってはそんなことないと思うけど、私が恥ずかしい、というか。
伊月君はなんでも正直に思ったことを話してほしいと言ってくれるし、実際に聞いてくれる。だから私もできるだけ言葉に出すようにはしているけど、それでも全部言えばいいってものでもないことは分かっている。
その匙加減がわからなくて、難しい。
なおも視線で先を促す伊月君から逃げるようにじりじりと後退して距離をとる。ちらほらと通りすぎていく帰宅途中らしいサラリーマンが、私たちを避けるように歩いている気がする。
私に向かって手を伸ばす伊月君からやばい、もう逃げようか、なんて思った時だった。
「千恵? 何やってんだよこんなとこで」
木吉君の名前を聞いたときに思い出した幼馴染が、伊月君の向こうに不機嫌そうな顔で立っていた。
まさか会うことになるとは思っていなかった幼馴染の姿にびっくりして、返事もできないでいると、ずんずんと清志君が近づいてきた。
何か言っているらしい伊月君の声がうまく聞こえない。
やだ、清志君絶対怒ってる。普段あれだけ怒声をあげるのに、静かな時って本当に怒っているときだ。下げた視界の中に男のものの靴が入る。清志君だ。
「千恵」
怒鳴られることを覚悟して身を固くする。やや乱暴な手付きで肩を掴まれたかと思うと――、気付くと清志君の腕の中に居た。
「……てめえ無視しやがって。轢くぞ。何やってたんだよ、返事の一つもよこさねーで」
「きよし、くん」
「俺がどれだけっ、……クソ! やっぱ一回締める」
「ごめんなさい……」
首周りをがっちりつかまれていて顔を上げられないけど、声色から本当に心配をかけていたことがわかる。謝っても意味が無さそうだけど、謝罪を口にする以外どうしたら良いかわからない。
ただ清志君は謝罪が気にくわなかったのか、殺す、という物騒な言葉と共に頭を鷲掴みされて、そのままぎちぎちと力を込めてきた。
い、いたい。握力半端ない。私が悪いのは分かっているけれど、これは痛い。
清志君の腕から抜け出せずにいると、突然腕を強く引っ張られた。勢いよくひかれて、気づけば前には伊月君の背中。めずらしく少し猫背、なような。後ろ手で探るように手をひかれて、伊月君の骨ばった指と指先が絡む。
「どうしーー」
「涼宮、知り合い? 離さない方が良かった?」
「誰だてめぇ、埋めんぞ」
「……はあ。そんな物騒なこと言う人に名乗る義理はないですが。どなたかとお間違えじゃないですか」
「あ? なんだよまじでうぜえな。おい千恵、俺が言いたいこと分かってんだろ」
口を挟むタイミングがわからなくて黙っているうちにどんどん二人の言葉尻が強くなっていく。
やっぱり、私はどうあっても清志君をイラつかせてしまうらしいし、それだけじゃなくて今日は伊月君を巻き込んでしまうなんて。
さっきまで楽しかったはずなのに、どうして、うまくいかないんだろう。
私が、清志君に返信しなかったから?
自分の不器用さも後回しにして後悔する癖も、本当に嫌になる。だけど、なんとか、しなくちゃ。
口を開きかけたところで伊月君の「失礼ですが」という言葉に遮られた。
「もう少し丁寧な物言いにしてもらえませんか。涼宮が怖がってるので」
「いい加減にしろよ。つーかなんなんだテメエ」
「涼宮の彼氏ですが?」
「ああ? だからなんだよ」
「……彼女に絡むなって言ってんだけど? アンタこそ誰だよ」
「千恵の幼馴染みだけど?」
「は?」
同時にこちらを見る4つの瞳。遠巻きに私たちを見る道行く人々の視線。目が回りそうで、息をするのが難しく感じる。
ぎゅっと目をつぶって息を吐く。繋がれた伊月君の指先だけが鮮明に感じられた。
なにか、言わなくちゃ。私の答えを二人が待ってるのはわかってる。
だけど伊月君の声は聞いたことないくらい低くて怖いし、清志君は私が返信してなかったせいで怒っているのがわかっているから気まずい。今こそ何をしたって逃げたいのに、伊月君にからめられた手が強く握られて、痛くて、この場に私を縛りつけている。
「お前が……」
恐る恐る目を開けてみれば伊月君越しに清志君と目が合う。やっぱり眉間に皺をよせている。
「お前が急に転校して、連絡もつかねーし……それで、あークッソ! いいか、とりあえず連絡寄越せ! あと顔見せに来い! じゃねえとわかってんな、轢くぞ! マジで!」
捲し立てるように早口で言うと、清志君はくるりと背を向けた。清志君の持つスポーツ店の名前のはいったビニール袋ががさりと音をたてた。
なにも、言えていないままなのに。送られてきたメッセージの意味がわからなかった。今言われたことだって、どんなつもりで言われたのかなんて、わからない。
「あとそっちの野郎、うぜえから連れてくんなよ」
数歩いった先で立ち止まり、吐き捨てるように言って今度こそ清志君は行ってしまった。
その言葉に込められた真意が怖くて、でもまだ清志君にもしかしたら嫌われていないんじゃないかと言う一抹の希望が浮かんで。
それでも離さないとでもいうように繋がれた指先が、清志君を追うことも呼び止めることも許してくれない。