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好きな人に好かれなくちゃ、モテたって意味ないだろ?
 和成君には、今度こそ嫌われた。引っ越すことをうまく切り出せなくて、なし崩しにばれた日以来、それまでは素っ気なくとも返事をくれた和成君に無視をされるようになった。それまでも嫌われていると思っていたけど、そうじゃなくて好きと言ってくれた和成君を、今回は確実に私が傷つけたから。
 嫌われても、しょうがないのはわかっているけど。

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 年に数回、季節の節目に高尾家には手紙を出す。日本を発つときに、「和成と喧嘩していてもあなたはうちの子同然よ」と言ってくれたおばさんに思い切り甘えさせてもらっている。言葉通り、おばさんも妹ちゃんもいつも返事をくれた。対して和成君からは返事が来たことがない。一言も。それが何よりの答えで、その事実に悲しくなるけど、彼の家族から送られてくる本人が写った写真を見ては、どうしようもなく嬉しくなってしまう。

 こうやって距離を取った今の方が、あるべき「高尾和成」の生活だと分かっているけれど、それでもどうしたってあの頃に戻りたくて仕方ない。だから物理的に離れている今の距離は、本当は丁度いい。
 海外赴任が決まった父に合わせて母も仕事をアメリカで決めた。新天地でもう一度家族として始めようと言われて、和成君から嫌われたと思っていたから、アメリカに来る決心をした。結局嫌われたと思っていたのは反抗期なだけだったようだけど、その後また傷つけたから、私がやったことには代わりはない。

 たぶん一人になることを和成君は恐れてた。それを突き放してしまったから、和成君に嫌われたんだろう。出国前に家で最後にあったとき、何度も許さないと言われたのが耳から離れない。
 ならせめて、時期が来たらその罰を甘んじて受けにいかないといけない。あの高尾和成がそんなことを言うのは、きっと私による歪みのせいだから。
 それが自己満足で言い訳なんて、とっくに気づいているけど。

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 人生2回目となってもやっぱり海外は海外だった。日本とは違うスクールカーストがある現地校で、日本の勉強はともかく英語が喋れなかった私には高校生活自体が苦痛になった。日本で学んできた歴史も理科も全く役に立たなくて、数学に至っては符号の書き方も違って、他人との距離の取り方も違う。

 それでもなんとかひねくれずに済んだのは、和成君との思い出と、こちらで会った日本人の存在が大きい。アメリカに来て半年ぐらいたったころ、日本人会で紹介されたバスケ好きの男の子たち。和成君と年の頃も近く、彼を彷彿とさせる存在だ。

「千恵、またそのカードケースを持って笑ってるね。それ、だれからもらったものなんだい?」
「んー内緒!」
「それは妬けるね。俺が目の前にいるのに」
「……辰也って本当、アメリカナイズされてるよねえ。日本に行ったらモテモテじゃないの?」
「好きな人に好かれなくちゃ、モテたって意味ないだろ?」
「達観してるねえ。本当に中学生?」
「君の方がよっぽど大人じゃないか」

 ワンオンワンの休憩中に寄ってきた年下の男の子を見上げる。ウインクとともに息をするようにキザなセリフを口にするこの男の子は氷室辰也というそうで、私が渡米する前からアメリカにいた。いつだって頼りになる辰也に、私も大我も慣れないアメリカ生活でお世話になりっぱなしだ。
 大我とは完全に兄弟のような仲になっているし、ほんの少しだけ羨ましい。いいなあ、同性って。

 だけど、このカードケースの中に入っている、遊園地で撮った和成君との写真は私だけの宝物で、お守りだ。手元を覗き込もうとする辰也から見えないようにカードケースを伏せれば、「残念だなあ」という言葉が降ってきた。

「おーいタツヤ、早く続きやろーぜ!」
「ほら、大我が呼んでるよ。行ってあげなくていいの? お兄ちゃん」
「……それ、やめてくれよ」
「え、うん……」

 すうっと眼を細めた辰也に咄嗟にそう返す。見ている限りではずいぶんと仲が良い二人の筈なのに、ここ最近になって、大我と兄弟扱いをすると辰也が気分を害するようになった気がする。何かあったのかな。
 コートで辰也と大我がボールを追いかける姿をぼんやりと眺める。和成君がバスケを始めてすぐの頃、一緒にストバスをやったなあ。もう、ずいぶんと昔に感じるけど。

 会いたい、な。和成君。

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 日本を出て2年とちょっと。慣れない土地での生活はあっという間で、いわゆる大学受験を意識する年になった。帰国子女枠で日本の大学を受けるか、こちらの大学を受けるか、それとも就職か。考えなくたって、もう答えは出ているようなものだった。

 どれだけ良い人がいようとも、どうしたって私はアメリカになじめなかったから、なにがなんでも日本に帰りたかった。日本の大学に進学するなら今度こそ生活費も学費も自分で工面しないといけないけれど、高校の時に想定していたよりも選択肢は多い。加えて、バイトへの制限もない。社会人になってから日本に戻ることも考えたけど、無理だ。アメリカ生活に耐えられない。

 実家と呼べるものは東京にはないものの、どうしても住み慣れた町の近くが良い。関東を中心に奨学金が出る学校を調べて、願書を作って応募して。少しだけ距離が近くなった両親が出してくれたお金で、面接と筆記試験の日程に合わせて帰国の飛行機をとったところで、それまで追いやっていた感情が向き合え向き会えと存在を主張する。

 和成君に、会いたい。

 ひどい別れ方をしたからきっと会うのを嫌がられるかもしれないのは分かっている。だけど、一目でいいから会いたい。

 本当はこのまま彼の人生に関与しない方が良いことは分かってる。私だって、彼には「原作通りに成長していってほしい」と思ってる。だってそれが、きっと和成君にとってのベストな道だから。だから、一度だけ。
 和成君のお母さんから和成君が試合に出ていることは聞いている。試合で遠目に姿を見るぐらいは、許してほしい。

 帰国子女入試筆記試験の翌日。丁度中学バスケットボールの大会があって、その中の出場校のうちの1つが、和成君が通う中学校だった。ほぼ関係者しか観客席にいない体育館は居心地が悪かったけれど、年齢的に選手の家族と思われているらしい。特に誰かに声をかけられることもなく、ベンチを温めながら和成君が出てくるのを待つ。

「――!」

 和成君が分からなかったらどうしよう、なんて杞憂だった。アップ中から、彼にスポットライトが当たっているように視線が吸い寄せられた。試合が始まってからも、ラストでシュートをする回数は少ないものの、必ず攻撃の起点にいる和成君に気付かない方が無理というもの。
 久しぶりに見る和成君は遠目からでも生き生きとバスケをしているのが分かった。

 良かった。私が彼に干渉したことによる歪みは、たぶんそこまで大きくない。覚える資格のない寂しさが生まれて、だけどそれ以上の安堵と、そして一目見れた嬉しさで胸がいっぱいだ。

 和成君がいるチームの勝利で終わったゲーム。試合後の挨拶を済ませ、勝利を噛みしめながらふと和成君がこちらを見上げた気がして、慌てて視線をそらした。
 別に見つかって悪いことなんて無い。だけど、気まずい。何より、次に和成君と話せる距離になってしまったら、彼から離れたくなくなってしまう。
 コートの方を出来るだけ見ないように注意しながら、他の客が動き始めたのに合わせて私も体育館を後にした。


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 和成君と会うのは気まずいし、会うべきじゃない。そうはいっても彼の家族が私にとって日本で唯一の知人であり恩人であることも確かで、また手紙で常々帰国する時は連絡することと言われていたこともあって、もはやそれを言い訳に公衆電話に小銭を入れる。
 平日の夜、和成君は部活でいないだろうし、おばさんが買い物に行っていなければいるはず。未だ忘れられない電話番号を押していく。続くコール音に、そろそろ切ろうかと思ったとき、受話器を上げる音がした。



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